はじめに|なぜ「博物館に税金を使うのか」が問われ続けるのか
博物館は、多くの国や地域において、公的資金によって支えられてきました。国立博物館や公立博物館はもちろん、私立博物館であっても、補助金や助成金といった形で何らかの公的支援を受けている例は少なくありません。しかし一方で、「なぜ博物館に税金を使うのか」「入館料や寄付によって運営すべきではないのか」といった疑問は、時代や国を問わず、繰り返し提起されてきました。
この問いは、一見すると財政や予算配分の問題に見えますが、実際にはそれ以上に深い意味を持っています。博物館を、単なる娯楽施設や観光資源として捉えるのか、それとも教育や文化の基盤を担う公共的な機関として位置づけるのかによって、支援のあり方は大きく変わるからです。つまり、「博物館に税金を使うのかどうか」という問いは、博物館を社会の中でどのような存在として制度化するのかという、根本的な価値判断と結びついています。
海外の博物館研究や文化経済学の分野では、この問題に対して、比較的共通した視点が提示されてきました。それは、「もし博物館を市場に完全に任せた場合、どのような結果が生じるのか」という問いから考えるという立場です。入館料収入や寄付といった私的な資金だけに依存した場合、博物館は本来果たすべき役割を十分に果たせなくなるのではないか、という問題意識がそこにはあります。
こうした議論は、博物館の公共性や社会的価値を、感覚的な「大切さ」ではなく、制度や理論の言葉で説明しようとする試みでもあります。本記事では、海外の研究で積み重ねられてきた議論を手がかりに、国や地方自治体が博物館を支援する理由を整理し、その正当性がどのように説明されてきたのかを、理論的に分かりやすく解説していきます。
なぜ博物館は市場に任せるだけでは成り立たないのか
博物館をめぐる公的支援の是非を考えるうえで、まず整理しておくべきなのは、「市場に任せた場合に何が起きるのか」という点です。入館料収入や寄付といった私的資金によって運営することは、一見すると合理的に見えます。しかし、文化経済学の視点から見ると、博物館のような文化機関を市場原理だけに委ねることには、構造的な限界があるとされています。
その理由は、博物館が生み出している価値の多くが、市場取引を通じて価格として十分に反映されない点にあります。市場は、価格を通じて需要と供給を調整する仕組みですが、博物館の価値は必ずしも来館者が支払う入館料の範囲に収まるものではありません。そのため、博物館を完全に市場に任せた場合、社会として望ましい水準の活動が維持されなくなる可能性が指摘されています。
以下では、博物館の価値がなぜ入館料だけでは測れないのか、そして市場原理に委ねた場合にどのような問題が生じるのかを整理します。
博物館の価値は入館料だけでは測れない
博物館が提供している価値は、展示を見るために支払われる入館料だけに還元できるものではありません。展示や教育プログラムを通じて得られた知識や経験は、来館者個人の中にとどまらず、家庭での会話や学校教育、地域社会での活動などを通じて広がっていきます。このように、博物館の活動は、来館者以外の人々にも影響を及ぼす性質を持っています。
しかし、こうした波及効果は、博物館の収入として直接回収されることはありません。来館者が家庭や学校で得た知識を共有しても、その分の対価が博物館に支払われるわけではないからです。この点において、博物館の価値と市場取引との間には構造的なズレが生じています。
文化経済学では、このような状況を「市場取引だけでは社会的に望ましい水準の供給が実現しない」と説明します。Smolensky(1986)は、博物館の教育的機能が社会全体に利益をもたらす一方で、その便益が価格に反映されにくい点を指摘し、市場に任せた場合には博物館の公共的価値が過小供給されると論じています。
市場に任せた場合に起きる問題
博物館の運営を市場原理に委ねた場合、施設は来館者数の増加や収益性の高い活動を優先せざるを得なくなります。これは経営上は自然な判断ですが、その結果として、教育的・学術的に重要であっても、短期的な収益につながりにくい活動は後回しにされる可能性があります。
例えば、専門性の高い調査研究や、来館者数が限られる教育普及事業、長期的な保存・修復活動などは、即時的な収益を生みにくい分野です。市場原理だけに基づいて運営が行われると、こうした活動は縮小され、博物館本来の役割が十分に果たされなくなるおそれがあります。
このような供給不足を補い、社会として必要とされる文化的・教育的機能を維持するために、博物館は公的支援の対象となってきました。公的支援は、博物館を市場から切り離すためのものではなく、市場だけでは実現しにくい公共的価値を補完する制度的手段として位置づけられています。
公的支援を正当化する4つの理由
博物館が公的に支援されてきた背景には、単に「文化的に大切だから」という抽象的な理由だけではなく、理論的に整理可能な複数の根拠があります。文化経済学や博物館研究の分野では、博物館が生み出す価値のうち、市場取引だけでは十分に供給されない要素に注目し、公的支援の正当性が説明されてきました。ここでは、その中でも特に重要とされてきた四つの理由を整理します。
教育・学習の外部性
博物館が公的に支援される最大の理由の一つは、教育的価値が来館者個人にとどまらず、社会全体に広がる外部性を持つ点にあります。博物館で得られた知識や文化的経験は、展示室の中だけで完結するものではありません。来館後の家庭内での会話や、学校教育との連動、地域活動への波及などを通じて、第三者にも影響を与えていきます。
しかし、このような教育・学習の効果は、入館料として博物館に還元されることはありません。来館者が博物館で得た知見を周囲と共有しても、その分の対価が博物館に支払われる仕組みは存在しないからです。この点において、博物館の教育的価値と市場取引の間には、構造的な乖離が生じています。
Smolensky(1986)は、アメリカの美術館が自治体によって支援されてきた歴史的理由として、こうした教育的外部性を挙げています。博物館の教育機能は社会全体に利益をもたらす一方で、その便益が価格に反映されにくいため、市場に任せた場合には供給が不足すると説明されています。
このように、博物館の教育的機能は、個々の来館者を超えて社会全体に価値をもたらすため、市場取引だけでは十分に供給されないと考えられています(Smolensky, 1986)。
非利用価値(存在価値・将来価値)
博物館の価値は、実際に来館する人が得る利用価値だけに限定されるものではありません。来館しなくても、「その地域に博物館が存在していること」や、「将来必要になったときに利用できる可能性」に価値を見出す人は少なくありません。このような価値は、非利用価値と呼ばれています。
Martin(1994)は、博物館の社会的価値を評価する際には、来館者の利用価値に加えて、存在価値やオプション価値といった非利用価値を考慮する必要があると指摘しています。文化遺産が保存されていること自体や、次世代に引き継がれる可能性は、実際の来館行動を伴わなくても社会的に評価されているからです。
しかし、こうした非利用価値は市場価格として表れることがなく、入館料や寄付だけでは維持することができません。そのため、公的支援は、博物館が担う非利用価値を社会として維持するための制度的手段として位置づけられています。
博物館の価値は、実際の利用を伴わない場合であっても社会的に認識されており、公的支援はこうした非利用価値を支える役割を果たしているとされています(Martin, 1994)。
公平性と文化へのアクセス確保
入館料収入への依存が高まると、博物館の利用は高所得層や文化資本を多く持つ層に偏りやすくなります。これは価格メカニズムの自然な帰結ですが、文化へのアクセスを社会階層によらず保障するという観点からは、課題となります。
多くの国では、文化や教育へのアクセスを公平に確保することが公共政策の重要な目標とされています。博物館もまた、特定の社会集団だけの施設ではなく、幅広い市民に開かれた公共文化機関として位置づけられてきました。
Frey & Steiner(2012)は、博物館を公共文化機関として捉えるならば、価格メカニズムだけに運営を委ねるべきではないと論じています。公的支援は、経済的条件によらず文化に触れる機会を保障するための制度的手段とされています。
博物館への参加を特定の社会集団に限定しないためには、公共資金による支援が不可欠であると考えられています(Frey & Steiner, 2012)。
地域・国家への波及効果
博物館は、展示や教育活動を通じて、観光促進や都市イメージの形成といった、施設単体を超えた効果を生み出します。これらの効果は、地域経済の活性化や、国家・地域の文化的威信として現れます。
しかし、こうした波及効果は、博物館自身の収益として直接回収されるものではありません。来館者が地域で消費を行ったとしても、その利益が博物館に還元される仕組みは限定的です。
Frey & Steiner(2012)は、博物館が文化的象徴として機能し、地域や国家のイメージ形成に寄与する点を指摘しています。一方でSkinner(2009)は、こうした波及効果が存在するにもかかわらず、博物館の財政が景気変動の影響を受けやすく、不安定であることを示しています。
博物館の社会的効果は広範囲に及ぶため、これを公共政策として支える必要があり、そのために公的支援が求められてきました(Frey & Steiner, 2012; Skinner, 2009)。
公的支援は「無条件」ではない
博物館が公的に支援されるのは、その活動を通じて公共的価値が生み出されることが期待されているからです。したがって、公的支援は博物館であるという理由だけで自動的に与えられるものではなく、その正当性は常に問われ続けています。博物館が社会に対してどのような価値を提供しているのかを説明できなければ、公的支援の根拠は弱まってしまいます。
公的支援と不可分の関係にあるのが、教育成果や社会的波及効果に対する評価です。博物館は教育・学習の場として重要な役割を担っていますが、その成果は来館者数の多寡だけでは測ることができません。展示や教育普及活動が、どのような学びや気づきを生み出し、それが社会にどのように広がっているのかを、一定の方法で示していくことが求められます。
また、公的資金が投入される以上、ガバナンスの確立と説明責任も重要な要素となります。意思決定のプロセスが不透明であったり、組織運営が閉鎖的であったりすれば、博物館が公共的機関として信頼を得ることは難しくなります。予算の使途や事業の目的、成果について、社会に対して説明できる体制を整えることは、公的支援を受ける前提条件といえます。
この点で、公的支援は博物館を「守るための特別措置」ではありません。むしろ、市場原理だけでは十分に供給されない公共的価値を、社会としてどのように確保するのかという選択の結果として位置づけられます。博物館は、公的支援を受ける存在であると同時に、その支援に応える責任を負う存在でもあります。
公的支援の正当性は、「博物館が社会にどのような価値を提供しているのか」を継続的に説明できるかどうかにかかっています。この問いは、博物館経営や評価、さらにはガバナンスの議論と密接につながっており、博物館が公共的存在であり続けるための核心的な課題であるといえます。
まとめ|博物館支援は社会が選択した制度である
国や地方自治体が博物館を支援する理由は、博物館が単なる娯楽施設や観光資源ではなく、市場取引だけでは十分に評価されない公共的価値を担っているためです。博物館の活動は、来館者個人にとどまらない教育的外部性を生み出し、文化遺産が存在し続けること自体に意味を見出す非利用価値を社会にもたらします。また、経済的条件や社会階層によらず文化に触れる機会を保障する点や、地域や国家のイメージ形成、観光や経済への波及効果といった側面も、博物館が担う重要な役割です。
これらの価値は、入館料や寄付といった私的収入だけでは十分に回収することができません。そのため、博物館を市場原理のみに委ねた場合、社会として望ましい水準の活動が維持されなくなる可能性があります。公的支援は、こうした供給不足を補い、社会にとって必要な文化的価値を持続的に確保するための制度的手段として位置づけられてきました。
重要なのは、公的支援が博物館を無条件に保護するための特別措置ではないという点です。公的資金による支援は、博物館が公共的価値を生み出し続けることを前提としており、その成果や意義を社会に対して説明する責任と不可分の関係にあります。博物館支援とは、文化を社会全体で支えるという選択の結果であり、そのあり方は常に問い直され、更新されていくべき制度であるといえます。
参考文献
- Smolensky, E. (1986). Municipal financing of the U.S. fine arts museum: A historical rationale. The Journal of Economic History, 46(3), 757–768.
- Martin, F. (1994). Determining the size of museum subsidies. Journal of Cultural Economics, 18, 255–270.
- Frey, B. S., & Steiner, L. (2012). Pay as you go: A new proposal for museum pricing. Museum Management and Curatorship, 27(3), 223–235.
- Skinner, S. J. (2009). Art museum attendance, public funding, and the business cycle. American Journal of Economics and Sociology, 68(2), 491–516.

