メディアとしての博物館とは何か ― 意味を伝える空間としての再定義

目次

はじめに:博物館と“メディア”の意外な関係

博物館と聞いて、多くの人がまず思い浮かべるのは、貴重なモノが展示されている静かな空間です。訪れる人々は、陳列された遺物や美術品を鑑賞し、説明文を読み、歴史や文化について学ぶ体験をします。このような一般的なイメージのもと、博物館は「モノを見せる場所」「知識を得る場所」として理解されてきました。しかし、その体験を少し立ち止まって振り返ってみると、私たちは展示を通して「何かを受け取って」帰っていることに気づきます。それは単なる情報ではなく、価値観や感情、あるいは解釈の枠組みかもしれません。そう考えると、博物館とは単にモノを保管・公開する場ではなく、「意味を伝える空間」でもあるのではないでしょうか。

このような視点から改めて注目したいのが、「博物館はメディアである」という考え方です。メディアという語は、しばしばテレビや新聞、ラジオなどを指すものとして使われますが、本来の意味はより広く、「情報を仲介・伝達する手段」全般を含んでいます。語源的には「媒介するもの」「中間に立つもの」を意味し、情報や意味を送り手から受け手へと橋渡しする存在です。したがって、展示物やそれに添えられた解説文、展示空間の構成、さらには動線や照明といった要素も、情報を伝えるという意味では立派な“メディア”の一部なのです。

博物館を“メディア”と見なす視点は、展示を「意味を伝える装置」として捉えることを可能にします。展示物は単にそこにあるのではなく、学芸員によって選ばれ、ある順序で配置され、文脈が与えられます。そこには特定の価値観やメッセージが内包されており、それを受け手である来館者が読み取る構造になっています。この構造は、ちょうど新聞の記事やテレビ番組がメッセージを編集して伝えるのと同じように、博物館の展示もまた「編集された情報」を意味として提示する行為といえるでしょう。つまり、展示はメッセージであり、キュレーションは編集行為なのです(Hooper-Greenhill, 1999; Silverstone, 1988)。

では、なぜいま「博物館はメディアである」という視点を改めて考える必要があるのでしょうか。その理由のひとつは、情報社会の進展とデジタル技術の浸透にあります。ウェブサイトやソーシャルメディア、ARやVRといった技術の登場により、博物館は従来の物理的空間を超えて、多様なかたちで情報を発信するようになりました。来館者もまた、単なる受け手にとどまらず、体験を共有し、他者と語り合い、博物館のメッセージに応答する存在として変化しています。このような時代において、博物館が担う「情報を伝える装置」としての役割は、より複雑で重要なものとなっているのです(Wellington & Oliver, 2015)。

本記事では、こうした「メディアとしての博物館」という視点から、展示や空間構成、デジタル技術、ソーシャルメディア活用といった要素を通して、博物館がどのように意味をつくり、伝え、共有しているのかを検討していきます。博物館は単にモノを見せるだけの場所ではなく、「意味の編集室」であり、「公共的な情報メディア」でもあります。その仕組みをひもとくことで、私たちは未来の博物館のあり方をより深く理解する手がかりを得ることができるでしょう。

展示はなぜ「メディア」と言えるのか ― 意味を編む空間としての展示

博物館の展示空間は、来館者にとって最も直接的に接する要素のひとつです。ガラスケースに収められた遺物や、壁に掛けられた絵画、あるいはインタラクティブなデジタルコンテンツなど、その形式は多様ですが、いずれも「伝えたいこと」が内在しています。展示は単にモノを見せるための手段ではなく、博物館がある意図のもとに組み立てた情報伝達の形式です。そこに並ぶモノは、意味をもって配置されており、私たちはそれを「読む」ことを通して、知識や感情、価値観を受け取ります。こうした構造を持つ展示は、まさに“メディア”と呼ぶにふさわしいものです(Hooper-Greenhill, 1999)。

展示はまた、「物語」を語るメディアでもあります。展示の順路や構成、照明、テキストの配置などは、来館者が一定の時間の流れの中で情報を受け取るように設計されています。これは物語性、すなわちナラティブの構造を持つということです。たとえば、ある展示が「日常の暮らし→戦争→復興」といった順序で構成されていれば、それは明確に“ストーリー”を語っています。こうした展示空間の構造は、テレビ番組や映画が持つ編集的な意味の構成と共通しており、視覚的かつ時系列的に意味を伝えるメディア的性質を有しているといえます(Silverstone, 1988)。

さらに、展示は“選択と編集”の産物です。どの資料を取り上げるのか、どの順番で配置するのか、どのような解説文を添えるのか。それらはすべて、学芸員やキュレーターが意図をもって行う判断であり、そこには価値の選択が反映されています。これはまさに、新聞の編集者や番組のプロデューサーが「何を伝えるか」を構成するのと同様の行為です。つまり、展示という行為そのものが、博物館における「編集行為」であり、キュレーションはメディアにおける編集者としての営みと捉えることができます(Hooper-Greenhill, 1999)。

展示はまた、情報の発信者と受信者の関係性の中で成立します。発信者は博物館であり、受信者は来館者です。しかし、メッセージは単に一方向的に伝達されるのではなく、受信者である来館者が自らの知識や経験、感性をもとに「意味づけ」を行います。このプロセスにおいて、意味は一義的に決定されるものではなく、多様な解釈が生まれます。こうした解釈の余地を含む構造は、現代的なメディアの特徴でもあり、展示がただの伝達手段ではなく、「対話的」なメディアであることを示しています(Wellington & Oliver, 2015)。

展示というメディアには、没入感や直感的な理解を促す強みがある一方で、誤読や解釈のずれ、情報の単純化といった課題も伴います。それでもなお、展示は人々に知識や価値を伝え、共有するための重要な手段であり続けています。博物館の展示は、専門的知識を一般の人々に伝える「知の翻訳」の装置として機能しており、それはまさに公共的な情報メディアとしての役割そのものといえるでしょう。

デジタル時代におけるメディアとしての進化 ― 博物館の“伝え方”はどう変わったか

博物館とデジタルメディアの関係は、ここ数十年で大きく変化してきました。1990年代後半から2000年代初頭にかけて、各地の博物館が自館のウェブサイトを立ち上げ、展示内容や開館情報、教育プログラムなどをオンラインで発信するようになりました。これは、物理的に来館しなくても情報にアクセスできるという点で、博物館の「メディア」としての可能性を大きく広げた出来事でした。特に、ウェブサイトを持つこと自体が“博物館の基本機能のひとつ”と見なされるようになった現代において、情報発信の手段としてのインターネットの役割は決定的なものとなっています(Mason & McCarthy, 2008)。

こうした動きの中で、展示体験の「仮想化」も急速に進んできました。たとえば、360度のバーチャルツアーや、AR・VR技術を活用したインタラクティブな展示体験は、来館者が実際に館内に足を運ばなくても、空間的な没入感を味わえる仕組みを提供しています。これにより、地理的制約や身体的制限を越えた情報へのアクセスが可能となり、博物館の「公共性」は新たなかたちで拡張されつつあります。一方で、デジタル空間では現物の質感や空間の空気感といった五感に訴える要素が失われがちであることから、体験の「深さ」や「リアリティ」をめぐっては議論もあります(Wellington & Oliver, 2015)。

また、ソーシャルメディアの普及は、博物館と来館者の関係性そのものを変えつつあります。公式アカウントによる情報発信だけでなく、来館者自身が展示体験を撮影・投稿し、他者と共有することで、情報の再解釈や再編集が行われるようになりました。これは、来館者が受け身の“観客”ではなく、情報を発信する“語り手”としても位置づけられるようになったことを意味します。展示をめぐる対話や批評がオンライン上で展開されるようになったことで、博物館はより開かれた参加型メディアとしての性格を強めています(Vassiliadis & Belenioti, 2021)。

ただし、こうしたデジタル化の進展には課題も伴います。情報の過剰な可視化によって内容が浅くなる危険性や、注目を集めることばかりが重視される「バズ重視」の傾向、あるいは小規模な地域博物館がデジタル環境を整備する際の技術的・財政的ハードルなどが挙げられます。また、デジタル技術の導入が“目的化”してしまい、本来の学術的・教育的な目的から逸れてしまうという懸念もあります。こうした不均衡や偏りは、博物館という公共的な空間にとって大きな挑戦であるといえるでしょう(Mason & McCarthy, 2008)。

それでもなお、デジタルメディアは、博物館が担う「意味の共有」「知の公共性」を広げる強力な手段であることに変わりはありません。情報をより多くの人に届け、対話を生み、解釈の多様性を支える道具として、テクノロジーは活用されるべきです。重要なのは、デジタル技術そのものではなく、それを通じて「何を」「どのように」伝えるのかという視点です。メディアとしての博物館は、単に展示を補完するデバイスの集合ではなく、社会における知の対話空間として、これからも進化を続けていく必要があります。

ソーシャルメディアと博物館:新たな対話のかたち

かつての博物館は、知識や情報を体系的に整理し、来館者に向けて提示する「送り手」の役割を担っていました。展示という手段を通じて、歴史的な出来事、文化財の意味、あるいは学術的な知見を伝える場として位置づけられてきた博物館は、基本的に一方向的な情報伝達の構造を前提としていました。来館者は、その空間に足を運び、提示されたものを受け取り、自らの中で理解を深めるという受動的な立場にありました。しかし、近年の情報環境の変化、特にソーシャルメディアの普及は、こうした関係性に大きな転換をもたらしています。

ソーシャルメディアの登場によって、来館者自身が情報の発信者となることが可能になりました。来館者は、自身の体験をSNS上に投稿し、他者と共有することで、博物館の展示に対する感想や印象を広く発信しています。たとえば、展示物の写真にキャプションを添えてInstagramに投稿したり、来館中の気づきをX(旧Twitter)で発信したりといった行動が、いまや日常的に行われています。これらの投稿は、単なる記録ではなく、個人の視点からの「意味づけ」の営みでもあります。つまり、来館者は展示を“見る人”から“語る人”へと変化しているのです(Vassiliadis & Belenioti, 2021)。

このような変化は、博物館に「参加型文化」が根付く契機ともなりました。来館者が発信したSNS投稿は、他の利用者との対話を生み出し、博物館を起点とするコミュニティの形成にもつながっています。たとえば、共通のハッシュタグでつながることで、同じ展示を異なる人がどう見ているかを比較したり、自分の解釈を共有したりすることが可能になります。また、館側がこうした来館者の発信を積極的に拾い上げ、リポストやコメントを通じて応答することで、博物館と来館者のあいだに“対話”の関係が生まれます。これまでにはなかった、新しいコミュニケーションの形が育ちつつあるのです(Vassiliadis & Belenioti, 2021)。

さらに注目すべきなのは、こうしたSNS上の発信が、展示そのものの「意味」を広げているという点です。来館者は、自分なりの見方や感想、記憶を添えて投稿を行うことで、展示に対する新たな解釈を生み出しています。これは、展示の意味が一義的に決まっているのではなく、来館者の経験や文脈に応じて多様に生成されるという、社会構成主義的な理解に通じます。こうした視点から見れば、展示は「完成された知識を伝えるもの」ではなく、「意味を共に創り上げるための触媒」としての性格を持つことになります。博物館は、知識の伝達だけでなく、意味の共創の場へと変容しつつあるのです(Wellington & Oliver, 2015)。

もっとも、こうした新しい関係性には課題も存在します。SNSでの情報共有は、しばしば文脈を省略したり、断片的な情報だけが強調されたりするため、誤解を招くリスクがあります。また、展示の写真を撮影して投稿する際には、他の来館者の肖像権や展示物の著作権など、配慮が必要な問題も少なくありません。さらに、博物館の“映え”を狙った過剰な演出や、拡散性ばかりが重視される風潮が、展示の本来の意図や学術的価値を損なってしまう恐れもあります。自由な発信を促すことと、正確かつ信頼できる情報を提供すること。この両者のバランスをどう保つかは、ソーシャルメディア活用における大きな課題です。

それでもなお、ソーシャルメディアは、博物館を「語り合う場」へと進化させる可能性を秘めています。従来は展示室という物理的空間に限定されていた博物館の活動が、SNSというデジタル空間を通じて拡張され、多様な声や視点が交錯する“共有の場”として再構成されつつあるのです。博物館は、もはや静かに展示を鑑賞するだけの場所ではなく、人々が意味を持ち寄り、語り合い、つながるための「メディア的空間」として新たな役割を担い始めています。これからの博物館には、そうした対話の可能性を柔軟に受け止め、開かれた知の循環を生み出す力が求められているといえるでしょう。

メディアとしての博物館がめざすもの ― 情報の公共性とこれからの可能性

これまでの博物館は、展示を通じて情報や知識を伝える場として機能してきました。しかし近年、その情報発信のかたちは大きく変化しています。従来の展示室だけでなく、ウェブサイト、ソーシャルメディア、デジタルアーカイブ、さらにはVRやARといった新たな技術を通じて、博物館は多様なメディア環境の中で存在感を増しています。展示空間は、来館者が静かに鑑賞する場から、参加し、共有し、対話を生み出す場へと変化してきました。このような変化は、単なる発信手段の拡大ではなく、博物館の本質的な役割そのものを問い直す契機となっています。

こうした中で改めて注目すべきなのが、博物館が果たす「公共的な情報の場」としての使命です。博物館は、学術的に検証された知見を一般社会に開き、多くの人々と共有することを目的としています。この役割には、信頼性や中立性といった情報の質を確保する責任が伴います。また、展示や情報発信が特定の文化や社会階層の視点に偏らないよう、多様な価値観に配慮した構成が求められます。つまり、博物館がメディアとして成立するためには、単に伝える力だけでなく、「誰に、どのように伝えるのか」という倫理的な視点を持ち続ける必要があるのです。

同時に、現代の博物館は「知識の供給者」にとどまらず、「知の共創者」としての役割も担い始めています。来館者はもはや受動的な情報の受け手ではなく、自らの経験や視点を発信する能動的な存在です。SNSでの共有やワークショップ、対話型展示などを通じて、来館者は展示の意味や博物館の語りに影響を与える存在になっています。これにより、博物館は固定化された知識を伝える場から、来館者とともに意味を構築し直す「知のコミュニケーションの場」へと変容しているのです。教育や地域連携、ソーシャル・インクルージョンといった文脈でも、メディアとしての博物館の機能は再評価されつつあります。

しかし、博物館がメディアであるということは、同時にいくつかのリスクとも向き合うことを意味します。発信された情報が誤解を招いたり、政治的・商業的に利用されたりする可能性は決して小さくありません。また、ソーシャルメディア上では情報が断片化されやすく、来館者による投稿が意図せぬメッセージとして拡散されることもあります。こうした状況の中で、博物館はその情報発信に対する責任を自覚し、内容の正確性、透明性、文脈の提示といった点において高度な倫理的判断が求められています。メディアとしての力を持つからこそ、その力をどう制御し、信頼を維持するかが問われているのです。

これからの博物館は、知識を蓄積・保存するだけでなく、それを社会に向けて開き、多様な人々とともに意味を問い続ける「開かれたメディア」としての自覚が求められます。テクノロジーの進化は今後も止まることはなく、情報環境はますます複雑化していくでしょう。そうした中で、博物館がブレずに大切にすべきなのは、公共性、信頼性、対話性といった価値です。来館者とともに語り、考え、学び合う場として、博物館は単なる「情報の倉庫」ではなく、「意味の交差点」として存在し続けるべきなのです。メディアとしての可能性を真に活かすために、私たちは、博物館という場の未来をどう設計していくかを、今あらためて問われています。

参考文献

  • Hooper-Greenhill, E. (1999). Museum, media, message. Routledge.
  • Mason, D., & McCarthy, C. (2008). Museums and the Web in New Zealand: A national survey. Museum Management and Curatorship, 23(3), 261–279.
  • Silverstone, R. (1988). Constructing communication: Perspectives on television. In R. Silverstone (Ed.), Communication and information technologies (pp. 133–155). Routledge.
  • Vassiliadis, C. A., & Belenioti, Z. C. (2021). Museums and social media: An overview of the literature. Archives and Museum Informatics, 34(2), 123–142.
  • Wellington, S., & Oliver, G. (2015). Digital heritage and the museum: Critical reflections. In G. Oliver & M. Ross (Eds.), Digital preservation for libraries, archives, and museums (pp. 191–210). Rowman & Littlefield.
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この記事を書いた人

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日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

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