デザインミュージアムの役割はどう変わったのか?― 19世紀・20世紀・21世紀の変遷から考える ―

目次

なぜ今、デザインミュージアムの役割が問われているのか

「美しいモノを展示する場所」という理解の限界

デザインミュージアムは、一般的には「洗練されたプロダクトや名作デザインを鑑賞する場所」と理解されがちです。しかし研究的な文脈では、この理解はきわめて限定的だとされています。デザインは単なる装飾や造形の問題ではなく、技術、経済、政治、価値観と密接に結びついた社会的実践です。それにもかかわらず、展示が視覚的な美しさや完成度に回収されると、デザインがどのような制度や意思決定、社会的前提のもとで生み出されてきたのかが見えにくくなります。結果として、デザインが社会を形づくる力や、特定の未来像を支持してきた側面が十分に議論されないまま、鑑賞対象として消費されてきました。この「美しいモノの集積」としての理解そのものが、今日あらためて問い直されているのです。

デザインと社会・未来をめぐる課題の複雑化

21世紀に入り、デザインが関与する領域は急速に拡張しました。デジタル技術の進展、環境問題の深刻化、生命倫理や社会的不平等といった課題は、いずれも単一の専門知や明確な解決策によって対処できるものではありません。こうした状況のもとでは、「これが望ましい未来である」と一つの方向性を示す展示そのものが成立しにくくなっています。むしろ重要なのは、どのような前提や価値観のもとで未来が語られているのかを可視化し、複数の可能性を並置しながら考えることです。デザインミュージアムの役割が問われているのは、デザインが未来を形づくる力を持つからこそ、その力をどのように扱い、来館者と共有するのかが社会的課題となっているためです(Kemp, 2017)。

博物館は本当に中立なのか

博物館は近代社会の統治装置として誕生した

博物館はしばしば、知識を広く普及させる「啓蒙装置」として理解されてきました。確かに、近代における博物館は、科学的知識や文化的成果を一般市民に公開するという点で、教育的な役割を果たしてきました。しかし、この理解だけでは、博物館が社会の中で果たしてきた機能を十分に説明することはできません。博物館は、人々を直接的に規律・管理する場ではなく、展示を通じて世界の秩序や価値観を「理解させる」ことで、市民としてふさわしい行動や判断を内面化させる仕組みとして成立してきました。ここで重要なのは、博物館が強制や命令ではなく、理解や納得を媒介として社会を統治する点にあります。この意味で、博物館は近代国家における柔らかな統治装置として位置づけられます。

展示・公共性・教育はどのように設計されてきたか

博物館における展示は、単なる資料の配列ではありません。展示の順序や分類、年代に沿った構成、進歩を前提とする物語は、来館者に特定の世界観を自然なものとして受け入れさせる仕組みです。どこから入り、何を最初に見て、どのような関係性の中で理解するのかは、あらかじめ設計されています。こうした展示空間を通じて形成される公共性も、決して自明なものではありません。誰が想定された来館者なのか、どの知識が共有されるべきものとされるのかは、制度的な判断の結果です。博物館教育もまた、価値中立的な知識伝達ではなく、望ましい理解や態度を育てるための設計された実践として位置づけられます。このように考えると、博物館の公共性や教育性は、自然に存在するものではなく、歴史的・制度的に構築されてきたものであることが明らかになります(Bennett, 1995)。

19世紀のデザインミュージアムの役割とは何だったのか

産業革命と産業美術館の誕生

19世紀におけるデザインミュージアムの成立は、産業革命と切り離して考えることはできません。機械化と大量生産が進展する中で、各国は国際市場における競争力の強化を重要な課題としていました。万国博覧会は、その成果を一時的に可視化する場として機能しましたが、博物館はそれを恒常的な制度として定着させる役割を担いました。とりわけ産業美術館は、工業製品や工芸品を体系的に収集・展示することで、産業とデザインの関係を社会に示す場となりました。ここでの展示は、過去の遺産を保存するためのものではなく、産業発展に資する知識と規範を共有するための装置として位置づけられていました。産業競争の文脈において、デザインは経済的価値を左右する要素とみなされ、博物館はその教育的基盤として期待されたのです。

デザインを通じた産業教育と国家戦略

19世紀の産業美術館において、展示は鑑賞の対象というよりも、明確に「教材」として位置づけられていました。優れた工芸品や製品は、模範例として展示され、職人や技術者がそこから学ぶことが想定されていました。この背景には、「良いデザインは良い産業を生む」という考え方があります。造形や装飾の洗練は、単なる美的価値ではなく、製品の競争力や国家の経済力と結びつけられていました。博物館は、学校や工場と並ぶ産業教育の一環として機能し、国家戦略の中に組み込まれていきます。デザインを通じて労働の質や産業の方向性を導くことが、博物館の重要な役割とされていたのです。

未来の産業を設計する博物館

このような文脈において、19世紀のデザインミュージアムは未来を「予測」する場ではなく、未来を「提示する」制度として機能していました。どの様式が望ましいのか、どの技術が進歩的であるのかといった判断が、展示を通じて可視化されます。来館者は、展示されたモノの配列や解説を通じて、近代的であること、合理的であることの意味を学ぶことになります。博物館は、産業と社会が進むべき方向を自然なものとして理解させる規範形成の装置でもありました。こうした役割を踏まえると、19世紀のデザインミュージアムは、中立的な文化施設ではなく、展示を媒介にして統治と教育を結びつける制度であったことが分かります(Bennett, 1995)。

20世紀のデザインミュージアムは何をしてきたのか

近代デザインとモダニズムの制度化

20世紀に入ると、デザインを取り巻く環境は大きく変化します。大量生産が社会に定着し、デザインは単なる産業技術の一部ではなく、独自の思想や価値観をもつ文化的実践として捉えられるようになりました。とりわけモダニズムの広がりは、装飾性よりも合理性や機能性を重視する新しいデザイン観を制度的に定着させます。この過程で、デザインは産業教育の手段から切り離され、芸術や建築と並ぶ自律的な領域として位置づけられていきました。デザインミュージアムは、こうした転換を支える場として、近代デザインの理念や歴史を体系化し、社会に提示する役割を担うようになります。

「良いデザイン」を選別・正典化する博物館

20世紀のデザインミュージアムにおいて重要なのは、展示や収蔵が単なる記録行為ではなく、明確な価値判断を伴っていた点です。どのプロダクトやデザインが収蔵されるのかという選択は、「良いデザインとは何か」を制度的に定義する行為でもありました。博物館は、特定のデザインを代表的・模範的なものとして位置づけることで、デザイン史の正典を形成していきます。この正典化のプロセスを通じて、モダニズム的価値観や近代的合理性は、歴史的必然であるかのように提示され、社会に共有されていきました。ここで博物館は、評価と選別の権威を担う文化装置として機能していたと言えます。

未来に残す価値を決定する装置としての役割

19世紀の産業美術館が未来の産業像を提示する制度であったとすれば、20世紀のデザインミュージアムは、未来に残すべき価値を選別する「フィルター」として機能しました。展示や収蔵を通じて、どのデザインが保存され、語り継がれるのかが決定されるからです。このプロセスは中立的なものではなく、特定の美学や社会像を未来へと引き継ぐ役割を果たしていました。したがって20世紀のデザインミュージアムもまた、政治性から自由な存在ではなく、展示を通じて価値判断を制度化する装置であったと理解することができます(Bennett, 1995)。

21世紀に起きた転換点 ― 未来を提示できなくなった社会

単一の未来像が成立しない時代背景

21世紀の社会において、博物館やデザインが直面している最大の変化の一つは、「これからの未来」を一つの像として示すことが極めて困難になった点にあります。技術革新のスピードは加速し、社会・経済・政治・環境は相互に複雑に絡み合うようになりました。このような状況では、将来を線形的に予測し、望ましい到達点を描くこと自体が前提として成立しません。かつては専門家の知識や計画が未来を導くと考えられてきましたが、専門知への依存そのものが限界に直面しています。未来は予測や設計の対象というよりも、常に変動し、交渉され続ける不確実な領域として認識されるようになっています。

技術・環境・倫理問題とデザインの関係

この不確実性は、デザインが関与する領域において特に顕著です。デジタル技術の社会実装、環境負荷の低減、生命倫理や監視社会をめぐる問題などは、いずれも「正しい答え」を提示できる問いではありません。デザインはこれまで、課題に対する解決策を提示する実践として評価されてきましたが、21世紀的課題においては、解決策そのものが新たな問題を生み出す可能性をはらんでいます。このため、デザインはもはや未来を確定させる手段ではなく、どのような前提や価値観のもとで未来が語られているのかを問い返す実践として位置づけられるようになりました。未来はあらかじめ存在するものではなく、人々が語り、信じ、行動することで成立する文化的な事実であり、その捉え方自体が再定義されているのです(Appadurai, 2013)。

21世紀のデザインミュージアムの新しい役割

未来を「決める」博物館からの離脱

21世紀のデザインミュージアムにおける最も大きな転換は、未来を権威的に「提示する」役割から距離を取るようになった点にあります。19世紀や20世紀の博物館は、産業や文化の進むべき方向を示し、どの価値が正しいのかを制度的に可視化してきました。しかし、不確実性と複雑性が常態化した現代社会において、博物館が単一の未来像を示すことは、かえって現実を単純化し、重要な論点を覆い隠してしまう危険性を伴います。そのため21世紀のデザインミュージアムは、未来を決定する権威として振る舞うことを自ら放棄し、未来に関する判断を開かれた問いとして提示する方向へと役割を転換させています。

問いを立ち上げる展示とデザインの再定義

この転換は、デザインそのものの理解にも変化をもたらしています。21世紀のデザインミュージアムでは、デザインはもはや完成された解決策を示すものとして扱われません。代わりに、スペキュラティブ・デザインやデザイン・フィクションといった手法を通じて、現在の延長線上にある複数の未来像や、そこに潜む前提や矛盾を可視化する実践として位置づけられます。展示は「こうすれば問題が解決する」と示す場ではなく、「なぜこの問題が問題として成立しているのか」「どの価値観が前提とされているのか」を問い直す装置となります。ここで重要なのは、展示が答えを提示するのではなく、来館者が思考を深めるための枠組みを提供する点にあります。

未来について考える力(未来リテラシー)を育てる場

こうした展示のあり方は、デザインミュージアムにおける教育の再定義とも深く関わっています。21世紀のデザインミュージアムが目指すのは、特定の知識や正解を教えることではなく、未来について考える力、すなわち未来リテラシーを育てることです。未来をめぐる議論に参加するためには、不確実性を前提とし、異なる立場や価値観を比較しながら判断する力が求められます。この文脈において、来館者は単なる情報の受け手ではなく、展示が提示する問いに対して意味を生成する協働者として位置づけられます。デザインミュージアムは、未来を決める場ではなく、未来について考え、議論し、想像する能力を社会に配分する教育的・公共的インフラとして機能することが期待されているのです(Kemp, 2017)。

参加型・協働型展示は何を変えるのか

参加型展示は本当に民主的なのか

近年のデザインミュージアムでは、参加型展示や協働型プログラムが重要な実践として位置づけられています。来館者が意見を述べたり、制作や議論に関わったりする展示は、一見すると博物館の民主化を進めているように見えます。しかし、参加は自然発生的に生まれるものではなく、常に設計された関係性の中で成立しています。誰が参加できるのか、どのような発言や行為が想定されているのか、どこまで意思決定に関与できるのかといった条件は、あらかじめ制度的に定められています。この点を見落とすと、参加型展示を無条件に「民主的」と評価してしまい、展示がもつ権力性や排除の構造が不可視化されてしまいます。

協働という言葉に潜む新しい統治の形

協働(コラボレーション)という概念もまた、慎重に扱う必要があります。協働は来館者を受け身の存在から能動的な主体へと位置づけ直す可能性をもつ一方で、博物館側が設定した目的や枠組みに沿って行動することを求める仕組みにもなり得ます。参加や協働が推奨されることで、来館者は自発的に関与していると感じながら、実際には特定の価値観や議論の方向性へと誘導されている場合もあります。このような無自覚な動員のリスクを考慮しなければ、参加型展示は新しい統治技術として機能してしまう可能性があります。

誰が未来を語れるのかという問い

それでもなお、参加型・協働型展示が重要である理由は、未来をめぐる語りに誰が参加できるのかという問いを可視化できる点にあります。21世紀の課題は、専門家だけで解決できるものではなく、異なる立場や経験をもつ人々の視点を必要とします。参加型展示は、その条件がどのように設計されているのかを問い返すことで、博物館が未来についての対話をどのように開いているのかを検討する契機となります。重要なのは、参加そのものを目的化するのではなく、誰がどのような立場で未来を語れるのかを問い続けることです。参加型・協働型展示は、民主化の可能性と同時に新たな統治の形を内包しており、その両義性を自覚的に扱うことが、21世紀のデザインミュージアムに求められている課題だと言えるでしょう(Bennett, 1995; Kemp, 2017)。

時代ごとに見るデザインミュージアムの役割の変遷

時代キーワード役割(要約)展示の特徴来館者に求められる立場「未来」との関係
19世紀産業美術館/産業教育未来の産業と国家の方向性を設計する博物館模範例(教材)としての展示。良いデザイン=良い産業という規範を可視化する。学ぶ者(職人・技術者・市民)。模範を取り込み、標準を理解する。未来を「提示する」。望ましい産業像を示し、進むべき方向を固定する。
20世紀近代デザイン/モダニズム価値を選別し、「良いデザイン」を正典化する博物館収蔵・展示を通じた価値判断。デザイン史の正典を形成し、規範を制度化する。判断する主体(市民・専門家)。正典を学び、価値基準を獲得する。未来への「フィルター」。何を残すかを選別し、未来に引き継ぐ価値を決める。
21世紀不確実性/未来リテラシー未来について考え、議論し、想像する力を社会に配分する博物館問いを立ち上げる展示。前提・価値観・利害を可視化し、複数の未来像を並置する。協働者(意味生成の参加者)。対話・解釈を通じて未来を考える。未来を「固定しない」。未来像の形成プロセスを可視化し、考える条件を整える。

まとめ|21世紀のデザインミュージアムとは何か

未来を示す場所から、未来を考える公共空間へ

本稿で見てきたように、デザインミュージアムは時代ごとに異なるかたちで社会の未来に関与してきました。19世紀には産業と国家の方向性を設計し、20世紀には価値を選別し正典化する役割を担ってきました。しかし21世紀においては、もはや単一の未来像を提示すること自体が現実的ではありません。この転換は、展示が決して中立ではなく、常に価値判断を伴う行為であることをあらためて浮かび上がらせます。

21世紀のデザインミュージアムに求められているのは、未来を示す権威として振る舞うことではなく、未来について考え、議論し、想像するための条件を社会にひらくことです。展示は答えを与えるものではなく、前提や価値観を問い直すための装置となります。その意味で、デザインミュージアムは公共文化の一部として、誰が未来を語り、どのように参加できるのかという条件そのものに責任を負う空間です。未来をめぐる思考と対話を支える公共空間としての役割こそが、21世紀のデザインミュージアムの核心にあると言えるでしょう。

参考文献

  • Bennett, T. (1995). The birth of the museum: History, theory, politics. Routledge.
  • Kemp, S. (2017). Design museum futures: Catalysts for education.
  • Appadurai, A. (2013). The future as cultural fact: Essays on the global condition. Verso.
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この記事を書いた人

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日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

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