博物館や美術館のInstagram運用を見ると、多くの場合、展覧会の開催情報や作品紹介が中心になっています。展示の魅力を正確に伝えることは重要ですが、それだけで来館につながっているかという点には、慎重な検討が必要です。
実際、近年の博物館研究では、来館者がInstagramを通じて反応しているのは、展示情報そのものよりも、展示空間で得られる体験や感情、そこで生まれる語りであることが示されています。つまり、Instagramは単なる告知媒体ではなく、来館前に体験の輪郭を伝える場として機能しているのです。
本記事では、こうした実証研究の知見をもとに、博物館がInstagramでどのような情報を発信すべきかを、集客と関係構築の観点から構造的に整理していきます。
博物館のInstagramは「展示告知」では集客につながらない
博物館や美術館がInstagramを活用する際、最も一般的なのは、展示資料の写真に会期や会場情報を添えた「展示告知型」の投稿です。この方法は、正確な情報を伝えるという点では有効ですが、来館動機の形成という観点では限界があります。なぜなら、多くの利用者はInstagramを、必要な情報を探すための検索ツールとしてではなく、日常の中で体験や感情を想起するためのメディアとして利用しているからです。
検索エンジンであれば、日時や料金、場所といった情報が重要になります。しかしInstagramでは、「そこに行くとどのような時間を過ごせるのか」「自分にとってどのような体験になりそうか」といった、より感覚的で主観的なイメージが重視されます。展示資料の写真と事務的な告知文だけでは、そのような体験の輪郭を十分に伝えることは難しく、結果として投稿を見ても来館には至らないケースが少なくありません。
「展示物中心の投稿」が限界を持つ理由
展示物を中心に据えた投稿が集客につながりにくい理由の一つは、来館者が博物館体験を「モノの鑑賞」だけとして捉えていない点にあります。来館者にとって博物館は、展示資料そのものだけでなく、空間の雰囲気、展示構成、他の来館者との距離感、そこで生まれる感情や気づきを含んだ総合的な体験の場です。そのため、資料単体の写真は体験の一部分しか切り取っておらず、来館後の具体的なイメージにつながりにくいのです。
また、「展示を見せる投稿は自己顕示的な写真撮影を助長するのではないか」という懸念も、しばしば指摘されてきました。しかし、この点については実証研究によって異なる結果が示されています。インスタ映えを意図した展覧会を対象に、来館者のInstagram投稿を大規模に分析した研究では、来館者の投稿の中心はセルフィーではなく、展示や体験そのものであったことが示されています(Rhee et al., 2022)。この結果は、「展示を見せること=自己顕示を促す」という単純な図式が成り立たないことを、データによって裏づけています。
重要なのは、展示物を写すかどうかではなく、どのような文脈で展示が提示されているかという点です。展示資料を単体で提示するのではなく、空間との関係や来館者の視点を含めて示すことで、投稿は「情報」から「体験の入口」へと性格を変えます。Instagramにおいて求められているのは、展示の事実を伝えることではなく、その展示を通じてどのような体験が得られるのかを想起させることなのです。
このように考えると、博物館のInstagram運用において課題となっているのは、展示を発信していること自体ではありません。展示を告知するという発想にとどまり、来館者の体験や感情にまで踏み込んだ情報設計がなされていない点にこそ、集客上の限界があると言えます。
来館者は博物館体験を「語り」として共有している
博物館におけるInstagram活用を考える際、重要なのは「博物館が何を発信したいか」だけではありません。同時に、「来館者がどのように博物館体験を受け取り、どのような形で共有しているのか」を理解する必要があります。近年の来館者研究が示しているのは、来館者が博物館体験を単なる出来事として記録しているのではなく、自身の感情や考えを含んだ「語り」として共有しているという点です。この視点に立つことで、Instagramが集客に果たす役割も、単なる広報手段から、体験を媒介する装置として捉え直すことができます。
Instagram投稿は記録ではなく「意味生成」である
Instagram、とりわけStories機能は、写真や動画を長期的に保存・整理するためのアーカイブとは性格を異にします。24時間で消えるという特性は、投稿に対する完成度や統一感への配慮を弱め、思考や感情を即時的に共有することを可能にします。そのため、Storiesは編集された成果物というよりも、日常会話に近い「語り」のメディアとして用いられる傾向があります。
博物館を訪れた来館者もまた、Storiesを通じて展示の写真や動画を共有しますが、その目的は展示内容を正確に記録することではありません。展示を見て感じた驚きや共感、違和感といった感情を、その場の文脈の中で他者に伝えることに重きが置かれています。展示は、そうした感情や経験を語るための素材として用いられているのです。
この点については、ブルックリン美術館を対象とした調査において、Instagram Storiesがアーカイブとしての記録ではなく、来館体験を即時的に語るためのメディアとして用いられていることが示されています(Villaespesa & Wowkowych, 2020)。来館者は展示を前にして生じた感情や気づきを、編集を加えすぎることなく共有し、その過程自体が体験の一部となっています。
このように、Instagram投稿は博物館体験の「結果」を残す行為ではなく、体験の意味をその場で立ち上げ、他者との関係の中で確かめていくプロセスとして機能しています。博物館体験は、展示室を出た時点で完結するのではなく、SNS上で語られることによって拡張されていると言えるでしょう。
博物館は「見る場所」から「語る舞台」へ
来館者が博物館体験を語りとして共有しているという事実は、博物館の役割そのものを再考させます。博物館は長らく、専門家が用意した展示を来館者が受動的に鑑賞する場所として理解されてきました。しかし、Instagramを通じた来館者の行動を見ると、その関係は一方向的なものではありません。
来館者は展示を背景に写真を撮り、展示の一部を切り取り、時には展示と自分自身を結びつけながら物語を紡ぎます。展示物は鑑賞の対象であると同時に、来館者が自らの経験を語るための「背景」や「小道具」、さらには他者との対話を生み出すきっかけとして機能しています。このとき、来館者はもはや受動的な鑑賞者ではなく、体験の意味を構成する主体となっています。
このような視点に立つと、博物館は単に「見る場所」ではなく、来館者が自分の感情や考えを言葉やイメージとして外に向けて発信する「語る舞台」として位置づけることができます。Instagramでの共有行為は、博物館体験を軽薄化するものではなく、むしろ体験を内面化し、他者との関係の中で再構成するための重要なプロセスなのです。
なぜ「舞台裏」や「プロセス」を発信すると効果があるのか
博物館のInstagram運用において、展示作品そのものではなく、舞台裏や準備過程を発信することに対しては、「専門性が伝わりにくいのではないか」「軽い内容だと受け取られないか」といった懸念がしばしば示されます。しかし、近年の研究や実際の運用事例を踏まえると、こうした懸念は必ずしも妥当ではありません。むしろ、舞台裏やプロセスの発信は、博物館の専門性や信頼性を可視化し、来館体験を補強する重要な役割を果たしています。
欧州主要博物館は何を発信しているか
ヨーロッパの主要博物館を対象としたInstagram運用の分析によれば、投稿内容の中心は、必ずしも展示作品の完成された姿だけではありません。多くの博物館が、展示に至るまでの準備過程や修復作業、作品解説といった教育的・物語的要素を積極的に発信しています。これらの投稿は、展示を単なる結果としてではなく、知識や判断の積み重ねによって成立するプロセスとして示すものです。
こうした発信の背景には、Instagramが単なる広報媒体ではなく、博物館の知的活動を継続的に伝える場として機能しているという認識があります。展示が完成した後の姿だけを見せるのではなく、その背後にある作業や判断を可視化することで、来館者は展示をより深く理解する手がかりを得ることができます。
実際、欧州の主要博物館では、展示作品の紹介に加えて、修復作業や制作過程などを含む教育的・物語的投稿がInstagram運用の中心となっていることが示されています(Rodríguez-Vera et al., 2024)。この結果は、舞台裏やプロセスの発信が例外的な試みではなく、先進的な博物館運営の中で定着している実践であることを示しています。
舞台裏は「軽いネタ」ではなく専門性の可視化である
舞台裏の発信が持つ最も重要な意義は、博物館における専門職の判断や知識を可視化できる点にあります。展示室に並ぶ資料や作品は、決して自動的にそこに存在しているわけではありません。収集、調査、保存、修復、展示構成といった一連のプロセスには、学芸員や技術職員による専門的な判断が不可欠です。
これらの判断は、完成した展示だけを見ていても来館者には伝わりにくいものです。しかし、舞台裏や準備過程をInstagramで発信することで、展示がどのような基準や思考のもとに成り立っているのかを、断片的にでも示すことが可能になります。このような情報は、博物館が信頼に値する専門機関であることを裏づけ、来館者との関係構築に寄与します。
さらに、舞台裏の情報は来館時の理解や満足を高める補助線としても機能します。事前に修復作業や展示準備の様子を知っている来館者は、展示室で作品を目にした際、その背景にある作業や判断を想起しながら鑑賞することができます。その結果、展示体験は単なる視覚的な鑑賞にとどまらず、知的な理解や納得感を伴ったものへと深まります。
このように、舞台裏やプロセスの発信は決して軽い話題提供ではありません。それは、博物館の専門性を日常的に可視化し、来館者の体験を立体的に支えるための重要な情報設計であり、Instagram運用における中核的なコンテンツとして位置づけることができます。
Instagram運用は「集客」ではなく「関係構築」である
博物館がInstagramを活用する際、しばしば「どれだけ来館者数を増やせるか」という短期的な集客効果が注目されがちです。しかし、これまで見てきた研究や実践を踏まえると、Instagram運用を単なる集客手段として捉えることには限界があります。むしろ重要なのは、来館者との関係性をどのように築き、維持していくかという視点です。Instagramは、来館前から来館後に至るまで、博物館と来館者の関係を連続的につなぐ役割を果たしています。
体験は満足・再訪・支払意思につながる
博物館体験が経営成果と結びつくメカニズムは、近年の研究によって徐々に明らかになっています。展示内容や空間、解説、サービスなどを含む体験の質が高まることで、来館者の満足度が向上し、その結果として再訪意図や他者への推奨意図といったロイヤルティが形成されます。さらに、このロイヤルティは、入館料や関連サービスに対する支払意思とも関係していることが示されています。
この点については、博物館体験の質が来館者満足や再訪意図だけでなく、支払意思にも影響を与えることが実証されています(Preko, 2020)。特に注目すべきなのは、リピーターにおいてこの関係がより強く表れる点です。複数回の来館を通じて体験への理解や愛着が深まることで、博物館への支持は一過性のものではなく、持続的な関係へと転化していきます。
このように考えると、Instagramで発信される体験の断片は、単なる情報提供ではなく、満足やロイヤルティを形成するための前段階として位置づけることができます。来館前に体験の輪郭を共有することは、来館後の評価や再訪意図にまで影響を及ぼしているのです。
SNSは短期集客ではなく中長期戦略である
Instagram運用を関係構築の視点で捉えると、フォロワー数の多寡だけで成果を判断することは適切ではありません。重要なのは、どのような関係性が築かれているか、そして来館者が博物館をどの程度身近で信頼できる存在として認識しているかという点です。
Instagramは、来館前に博物館の価値や姿勢を伝える「来館前教育」の場として機能します。展示の背景や舞台裏、体験の意味を継続的に発信することで、来館者は訪問前から一定の理解や期待を形成します。その結果、来館時の体験はより深く受け止められ、満足や再訪につながりやすくなります。
このように、Instagram運用は短期的な集客数の増減を追うものではなく、博物館と来館者の関係を時間をかけて育てる中長期的なデジタル戦略として位置づけることが重要です。関係構築を軸に据えた運用こそが、結果的に持続可能な集客と経営成果を支える基盤となります。
まとめ:博物館はInstagramで何を発信すべきか
本記事で見てきたように、博物館のInstagram運用を展示告知中心に据える発想には、すでに明確な限界があります。展示資料の写真や会期情報を正確に伝えることは必要ですが、それだけでは来館者にとっての体験価値や訪問の必然性を十分に伝えることはできません。Instagramは情報検索のための媒体ではなく、来館前に「どのような体験が待っているのか」を想起させるメディアとして機能しているからです。
実証研究が示しているのは、来館者が博物館体験を受動的に消費しているのではなく、自身の感情や経験を語り、共有する主体として関わっているという事実です。そのため、博物館が発信すべきなのは、展示物そのものだけではなく、体験の入口となる空間の雰囲気や、語りの素材となる展示の背景、そして舞台裏やプロセスを通じて可視化される専門性と姿勢です。これらは来館者が体験を意味づけ、他者と共有するための重要な手がかりとなります。
このように考えると、Instagramは単なる広報媒体ではありません。来館前から来館後に至るまで、博物館体験を拡張し、理解と関係性を深めるための装置として位置づけることができます。体験の輪郭を丁寧に伝え、語りを促し、関係を育てる発信を積み重ねることが、結果として満足度や再訪意図を高め、持続的な集客と経営成果につながっていくのです。
参考文献
- Preko, A. (2020). Museum experience and satisfaction: Moderating role of visiting frequency. International Hospitality Review.
- Rhee, B. A., et al. (2022). Visual content analysis of visitors’ engagement with an instagrammable exhibition. Museum Management and Curatorship.
- Rodríguez-Vera, A. del Pino, et al. (2024). Instagram communication strategies of European museums. Cogent Arts & Humanities.
- Villaespesa, E., & Wowkowych, S. (2020). Ephemeral storytelling with social media. Social Media + Society.

