スマートミュージアムとは何か ― デジタル化を超えた博物館の進化モデル

目次

なぜ今「スマートミュージアム」が語られるのか

近年、多くの博物館でデジタル展示やスマートフォン向けアプリ、音声ガイドの高度化など、さまざまなデジタル施策が導入されてきました。こうした動きは、博物館のデジタル化が一定の段階に達したことを示しています。一方で、現場では「技術を入れたことで、本当に博物館は良くなったのか」「来館者体験はどのように変わったのか」といった疑問も共有されるようになっています。技術導入そのものが目的化し、展示や運営の本質的な改善につながっていないのではないかという問題意識です。

このような背景の中で用いられるようになってきたのが、「スマートミュージアム」という言葉です。この語は、単に最新のデジタル技術を取り入れた博物館を指すものではありません。むしろ、博物館がどのように来館者や社会と関わり、その価値をどのように実現していくのかという、運営や価値創出のあり方そのものを問い直す文脈で使われています。つまり、スマートミュージアムとは技術トレンドを表す流行語ではなく、博物館の在り方を再定義しようとする概念として登場してきたものだと整理できます。

ここで重要なのは、「スマート」という言葉が何を意味しているのかという点です。スマートミュージアムにおける「スマート」は、賢い機器や高度なシステムを備えていることを直接的に指しているわけではありません。そうではなく、技術を用いて来館者との関係性をどのように設計し直しているのか、展示や学び、参加の仕組みがどのように再構成されているのかという点に焦点があります。言い換えれば、問題となっているのは「どの技術を使うか」ではなく、「その技術によって何を変えようとしているのか」です。

実際、博物館における技術活用をめぐる研究の関心も、情報提供の効率化や理解度の向上といった観点から、来館者体験そのものの質や意味生成へと移行してきたことが指摘されています(Lu et al., 2023)。この変化は、博物館のデジタル化が単なる手段の問題ではなく、来館者との関係をどう築き、どのような価値を生み出すのかという構造的な課題と結びついていることを示しています。

なぜ今スマートミュージアムが語られるのか。それは、博物館が技術導入の次の段階として、「技術を通じてどのような関係性を設計するのか」という問いに向き合う局面に入っているからだと言えるでしょう。スマートミュージアムという概念は、その転換点を示す言葉として位置づけられています。

博物館とテクノロジーの関係はどう進化してきたのか

情報提示から体験設計へ ― 研究潮流の変化

博物館におけるテクノロジー活用の歴史を振り返ると、その役割は一貫して変化してきたことが分かります。初期の段階では、ICTは主に展示解説や学習支援を補助するための道具として位置づけられていました。館内に設置された情報端末やウェブサイトは、展示内容をより分かりやすく説明し、来館者の理解を助けることを目的としていました。この時期の関心は、情報が正確に伝わっているか、学習効果が高まっているかといった点に置かれており、テクノロジーはあくまで展示を支える裏方的な存在でした。

その後、2000年代半ば以降になると、ARやVRといった新しい技術が博物館に導入され始めます。この段階では、テクノロジーは単なる補助ツールではなく、体験そのものを拡張する存在として注目されるようになりました。仮想的に過去の環境を再現したり、実物では触れられない資料を疑似体験したりすることで、来館者が展示に能動的に関与できる可能性が広がっていきます。研究の関心も、情報理解に加えて、インタラクションや楽しさ、再訪意図といった行動面へと広がっていきました。

さらに近年になると、博物館におけるテクノロジー研究は、体験の「正確さ」や「新しさ」そのものよりも、来館者がどのように感じ、どのような意味を見いだしているのかという点に焦点を当てるようになります。没入感や感情的関与、展示との心理的距離といった要素が重視され、体験の質そのものが主要な研究対象となってきました。博物館におけるテクノロジー研究は、情報伝達の効率性から、体験の質や心理的影響へと関心を移してきたことが示されています(Lu et al., 2023)。

このような研究潮流の変化は、デジタルミュージアムの進化を単なる技術史として捉えることが不十分であることを示しています。重要なのは、どの技術が導入されたかではなく、その技術が博物館体験のどの側面を変えようとしてきたのかという点です。初期には理解を助けるための手段だったテクノロジーが、次第に体験を豊かにし、現在では意味生成や感情的な関与を支える基盤として位置づけられるようになっています。

この流れから見えてくるのは、技術導入そのものを目的とする時代はすでに終わり、博物館が何を変えるためにテクノロジーを用いるのかが問われる段階に入っているという点です。博物館とテクノロジーの関係は、道具の進化ではなく、来館者体験をどのように設計するかという思考の進化として理解する必要があります。

スマートミュージアムとは何か ― 定義と評価の視点

スマート=最新技術ではない

スマートミュージアムという言葉が使われる際、しばしば誤解されやすいのが、「最新のデジタル技術を多く導入している博物館」という理解です。しかし、スマートミュージアムの本質は、個々の技術の新しさや高度さによって説明できるものではありません。仮に最新の展示機器やアプリを導入していたとしても、それらが断片的に存在しているだけでは、スマートミュージアムとは言えないからです。

部分的なデジタル化は、多くの博物館ですでに進められてきました。音声ガイドやデジタルサイネージ、オンライン展示などはその代表例です。しかし、これらが個別施策として導入されるだけでは、来館者体験全体に一貫した変化をもたらすことは難しく、かえって体験が分断されてしまう場合もあります。スマートミュージアムが問うているのは、こうした技術が点として存在している状態ではなく、どのように結びつき、全体として機能しているのかという点です。

この意味で、スマートさを決めるのは技術の「量」ではなく、「構造」だと整理できます。どの技術を採用しているかよりも、それらが来館者の動線や理解、参加のプロセスの中でどのように配置され、相互に連動しているのかが重要になります。スマートミュージアムは、単なる高度技術の集合体ではなく、来館者との相互作用をどのように設計しているかによって特徴づけられるとされています(Liu & Guo, 2024)。

来館者体験を「構造として」捉えるという発想

スマートミュージアムを理解する上で重要なのは、来館者体験を個別の満足度や評価項目としてではなく、「構造」として捉えるという発想です。ここで言う構造とは、来館者が博物館とどのように関わり、どのような流れで体験を形成していくのかという全体像を指しています。そのため、評価の視点も単発の施策ではなく、体験全体を貫く設計に向けられます。

具体的には、使いやすさ、統合性、適応性、無理のなさといった観点が重要になります。使いやすさとは、操作や理解に過度な負担がかからないことを意味し、来館者が自然に体験へ入り込めるかどうかを左右します。統合性は、展示、解説、デジタルコンテンツが分断されず、一つの体験としてつながっているかという点です。さらに、来館者の関心や状況に応じて体験が変化する適応性や、時間的・認知的な負荷が過剰にならない無理のなさも、体験の質を左右する重要な要素です。

これらの観点はいずれも、特定の技術を導入すれば自動的に実現するものではありません。個々の施策をどう組み合わせ、どのような順序で体験させるのかという全体設計の問題です。スマートミュージアムは、来館者を受動的な情報受信者ではなく、体験の生成に関与する主体として位置づける点に特徴があると整理されています(Liu & Guo, 2024)。

このように考えると、スマートミュージアムの定義は、技術の種類や導入数によって与えられるものではなく、来館者体験をどのような構造として設計し、評価しようとしているのかという姿勢によって定まるものだと言えるでしょう。

スマートミュージアムは何を実現するのか

研究・教育・観光を同時に支える仕組み

スマートミュージアムが実現する重要な点の一つは、博物館が保有する収蔵品データや知識資源を、研究・教育・観光という異なる領域で同時に活用できる仕組みを整えることにあります。従来、これらの領域はそれぞれ別個に語られることが多く、研究は研究者のための活動、教育は学校や学習者のための活動、観光は来館者向けのサービスとして分断されがちでした。しかし、デジタル技術の活用によって、これらを貫く共通の基盤が形成されつつあります。

同一の収蔵品データであっても、研究の文脈では分析や比較のための一次資料として、教育の文脈では学習教材として、観光の文脈では展示体験を理解するための手がかりとして機能します。重要なのは、用途ごとに別々の情報を用意するのではなく、同じデータが文脈に応じて異なる意味を持ちながら再利用される点です。この多重利用こそが、スマートミュージアムにおけるデータ活用の特徴だと言えます。

また、こうした仕組みは、来館体験を館内に限定しないという変化ももたらします。来館前にはオンラインで収蔵品や背景情報に触れ、関心や問いを形成することができます。来館中は展示とデジタル解説を行き来しながら体験を深め、来館後には再びオンライン資料に戻って理解を更新することも可能になります。博物館との関係が一度きりの訪問で終わらず、時間を越えて継続する点に、スマートミュージアムの効果があります。

このように、デジタル技術は遺産解釈を単一の場に閉じるのではなく、複数の文脈で再利用可能にする役割を果たしていると指摘されています(Ozdemir & Zonah, 2025)。スマートミュージアムは、研究・教育・観光を対立させるのではなく、相互に支え合う関係として再構成する枠組みだと整理できます。

アクセスと包摂という観点から見た意義

スマートミュージアムが持つもう一つの重要な意義は、アクセスと包摂のあり方を広げる点にあります。従来、博物館への参加は、物理的に来館できる人を前提として考えられることが多く、距離や時間、身体的条件、言語の違いなどが参加の障壁となってきました。デジタル技術は、こうした制約を緩和し、博物館との関わり方を多様化させる可能性を持っています。

遠隔アクセスはその代表例です。オンライン展示やデジタルアーカイブを通じて、地理的に離れた人々も博物館の知識資源に触れることができます。また、多言語対応や視覚・聴覚への配慮を含むデジタル解説は、異なる背景を持つ利用者に対して、理解の入口を広げる役割を果たします。これにより、博物館は特定の来館者層に限定された場ではなく、より開かれた公共空間として機能しやすくなります。

さらに重要なのは、「来館しない関与」が正当な関わり方として位置づけられる点です。スマートミュージアムでは、必ずしも現地を訪れることだけが価値ある参加とはされません。オンラインでの学習や閲覧、資料の再利用といった関与も、博物館の公共的役割を支える重要な活動として捉えられます。スマート技術の導入は、来館者数の増加よりも、関与の多様化と社会的包摂を実現する点に意義があると整理されています(Ozdemir & Zonah, 2025)。

このように、スマートミュージアムが実現するのは、単なる利便性の向上ではありません。博物館が誰に、どのように開かれているのかという問いに対し、新たな答えを提示することこそが、その本質的な効果だと言えるでしょう。

スマートミュージアムを誤解しないために

スマートミュージアムという言葉は、比較的新しい概念であるがゆえに、いくつかの誤解とともに受け取られがちです。ここでは、議論を正確に理解するために、よくある誤解を整理しておきます。この整理は、スマートミュージアムを単なる流行や技術論として消費しないためにも重要です。

第一に、スマートミュージアムは「デジタル展示が多い博物館」を意味するものではありません。大型スクリーンやインタラクティブ装置が数多く設置されていても、それらが個別に存在しているだけでは、来館者体験が断片化してしまうことがあります。スマートさが問われるのは、展示や解説、デジタル要素がどのように結びつき、一貫した体験として設計されているかという点です。

第二に、スマートミュージアムは若者向け施策の言い換えでもありません。確かにデジタル技術は若年層との親和性が高い側面を持ちますが、スマートミュージアムが目指しているのは特定の年齢層への訴求ではなく、関与の仕方そのものを多様化することです。子ども、高齢者、専門家、遠隔地の利用者など、それぞれが異なる形で関われる状態をつくる点に本質があります。

第三に、スマートミュージアムは「ITに強い博物館」を指す言葉でもありません。高度なシステムを運用できるかどうかよりも、技術を用いて何を実現しようとしているのか、その意図と設計思想が問われます。スマート化とは、技術的な能力の高さを競うことではなく、博物館と社会との関係をどのように再構成するかという課題に向き合うことです。

これらの点を踏まえると、スマートミュージアムとは、デジタル化の進展そのものを称揚する概念ではなく、博物館の役割や価値をどのように更新するのかを考えるための枠組みだと理解できます。この認識を共有することで、スマートミュージアムをめぐる議論の焦点を、技術から関係性へと正しく定めることができます。

まとめ

本記事では、スマートミュージアムという概念を、単なる技術導入の延長としてではなく、博物館の在り方そのものを捉え直す枠組みとして整理してきました。スマートミュージアムは、最新のデジタル技術を備えているかどうかによって定義されるものではなく、技術を通じて来館者や社会との関係をどのように設計し直しているのかという点に本質があります。

博物館におけるデジタル化は、これまで情報提供の効率化や体験の拡張といった形で進められてきました。しかし、スマートミュージアムが示しているのは、その次の段階です。研究、教育、観光といった活動を分断するのではなく、共通の基盤の上でつなぎ直し、来館前・来館後も含めた関与を可能にすることで、博物館の価値をより持続的なものへと転換しようとしています。

この視点に立つと、博物館の役割は「来館者を集める場」から、「多様な関わりが生まれ続ける場」へと広がります。デジタル技術は、そのための手段であり、目的ではありません。重要なのは、博物館が社会とどのように関係し続けるのか、その関係性をどのように更新していくのかという問いです。

スマートミュージアムという概念は、博物館のデジタル化を評価するための流行語ではなく、博物館と社会の関係を再設計するための思考の枠組みとして位置づけられます。デジタル化の次に問われているのは、技術を通じて何をするかではなく、どのような関係を築き、どのように関わり続けるのかという点なのです。

参考文献

Lu, S. E., Moyle, B., Reid, S., Yang, E., & Liu, B. (2023). Technology and museum visitor experiences: A four stage model of evolution. Information Technology & Tourism, 25(2), 253–279.

Liu, S., & Guo, J. (2024). Smart museum and visitor satisfaction. Journal of Autonomous Intelligence, 7(3), 1–19.

Ozdemir, G., & Zonah, S. (2025). Revolutionising heritage interpretation with smart technologies: A blueprint for sustainable tourism. Sustainability, 17, 4330.

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この記事を書いた人

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日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

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