オブジェクト・ベースド・ラーニング(OBL)とは何か― 博物館教育の理論と企業研修「The Art of Teamwork」への応用 ―

博物館教育と聞くと、多くの人は展示解説やワークショップを思い浮かべるかもしれません。しかし近年、博物館教育は「知識を分かりやすく伝えること」だけでは捉えきれない段階に入っています。来館者が自ら観察し、考え、他者と対話しながら意味をつくっていく学びの設計こそが、博物館教育の中核になりつつあります。

こうした文脈で注目されているのが、オブジェクト・ベースド・ラーニング(Object-Based Learning:OBL)です。OBLとは、実物の資料や作品と向き合い、観察・解釈・対話を繰り返すことで思考のプロセスそのものを深めていく教育手法です。ここで重視されるのは「正解を知ること」ではなく、「どのように見て、どのように考え、どのように理解を更新したのか」という過程です。OBLは、博物館教育が本来持っている学びの特性を理論化した方法とも言えます。

興味深いのは、このOBLの考え方が、博物館の外でも活用され始めている点です。海外では、博物館教育で培われたOBLの枠組みを、企業におけるチームワークやコミュニケーション向上の研修として応用する事例が登場しています。その代表例が、博物館の収蔵品を用いてビジネスマン向け研修を行う「The Art of Teamwork」です。そこでは、博物館資料が教材というよりも、参加者自身の思考や関係性を映し出す媒介として機能しています。

本記事では、まず博物館教育におけるOBLとはどのような学習手法なのかを整理した上で、そのOBLが企業研修としてどのように翻訳・応用されているのかを具体的に見ていきます。さらに、そうした研修を通じて参加者が実際に何を得ているのかを検討し、博物館教育の可能性を改めて考えていきます。

目次

オブジェクト・ベースド・ラーニング(OBL)とは何か

OBLの定義と基本構造

オブジェクト・ベースド・ラーニング(Object-Based Learning:OBL)とは、博物館や大学などが所蔵する実物のオブジェクトを学習の出発点とし、観察や対話を通じて理解を深めていく教育手法です。ここで言うオブジェクトとは、美術作品に限らず、考古資料、民俗資料、自然史標本など、物質的な実体をもつあらゆる資料を含みます。OBLの特徴は、知識を先に与えるのではなく、まず対象をよく見ることから学習を始める点にあります。

OBLの学習プロセスは、一般に「観察 → 解釈 → 根拠の提示 → 対話 → 再解釈」という循環構造で整理できます。参加者はまず、オブジェクトの形状や素材、痕跡など、目に見える事実を丁寧に観察します。その上で「これは何だろうか」「なぜこのような形をしているのか」といった解釈を行い、その解釈がどの観察結果に基づいているのかを言語化します。さらに、他者との対話を通じて異なる見方に触れ、自分の理解を更新していきます。

このように、OBLは「正しい答え」を教える教育とは根本的に異なります。あらかじめ用意された解釈や知識を覚えるのではなく、どのように対象を捉え、どのような思考の道筋をたどったのかというプロセスそのものが学習の対象となります。そのためOBLは、知識伝達型の教育に対する代替手法というよりも、学習の前提となる思考のあり方を問い直す教育手法だと位置づけることができます。

博物館教育におけるOBLの教育的意義

博物館教育においてOBLが重視されてきた理由の一つは、学習者が自分自身の見方に気づく契機を与える点にあります。同じオブジェクトを見ていても、何に注目するか、どのような意味を見いだすかは人によって異なります。OBLでは、その違いが可視化され、「自分はこのように見ていたのだ」という自己認識が生まれます。

さらに、他者との対話を通じて、学習者は自分とは異なる視点に出会います。自分には見えていなかった特徴や、全く異なる解釈に触れることで、対象の理解は一方向的なものではなく、多層的なものとして捉え直されます。この経験は、知識の量を増やすというよりも、理解の幅と深さを広げる学びだと言えるでしょう。

こうした対話の積み重ねによって、OBLでは意味が一方的に与えられるのではなく、参加者同士のやり取りの中で生成されていきます。博物館教育におけるOBLの意義は、まさにこの点にあり、展示を見る行為を「受け身の鑑賞」から「能動的な意味生成のプロセス」へと転換する役割を果たしています。

なぜ博物館はOBLに適した場なのか

OBLが博物館教育と強く結びついている背景には、博物館という場が持つ固有の特性があります。第一に挙げられるのが、オブジェクトの本物性です。実物資料がもつ質感やスケール、時間の痕跡は、画像や文章だけでは代替できない観察体験をもたらします。この本物性が、学習者の注意を引きつけ、思考を促す重要な要素となります。

第二に、博物館は「正解が制度化されていない空間」である点が重要です。多くの展示では、解説文が示されてはいるものの、それが唯一の答えであるとは限りません。来館者が自分なりの問いを立て、仮説を考える余地が残されています。この曖昧さこそが、OBLにおける思考と対話を成立させる条件となります。

第三に、博物館は公共性を持つ学習空間であり、問いを立てること自体が正当化される場でもあります。学校や職場のように評価や成果が直ちに求められる環境とは異なり、博物館では「分からない」「考え続ける」ことが許容されます。このような環境だからこそ、OBLは学習者にとって安全で開かれた学びの方法として機能してきたのです。

OBLはなぜ企業研修に応用できるのか

ビジネスにおける思考プロセスとの共通性

オブジェクト・ベースド・ラーニング(OBL)が企業研修に応用可能である理由の一つは、その学習プロセスがビジネスの現場で求められる思考の流れと高い共通性を持っている点にあります。OBLでは、学習の出発点としてまずオブジェクトを丁寧に「観察」しますが、これはビジネスにおいて状況や環境を正確に把握する行為に相当します。市場動向、顧客の反応、組織内の変化などを性急に判断せず、事実として何が起きているのかを見極める力は、あらゆる業種・職種に共通して必要とされます。

次に行われる「解釈」は、ビジネスにおける仮説構築と重なります。観察した事実をもとに「なぜこのような状況になっているのか」「今後どうなる可能性があるのか」と考えることは、戦略立案や問題解決の基礎となる思考です。OBLでは、この解釈が個人の中だけで完結するのではなく、他者と共有される前提で言語化されます。

さらに重要なのが「根拠の提示」です。OBLでは、自分の解釈がどの観察結果に基づいているのかを明確にすることが求められます。これはビジネスの現場における説明責任と直結しています。意思決定の理由を説明し、他者を納得させる力は、役職や経験に関わらず求められる能力であり、OBLの思考プロセスはこの点でも企業研修と高い親和性を持っています。

従来型企業研修の限界

一方で、多くの企業研修は依然として知識注入型の設計にとどまっている場合があります。講師が正解やノウハウを提示し、参加者がそれを理解・記憶する形式は、短期的には効率的に見えるかもしれません。しかしこの方法では、参加者が自ら考え、状況に応じて応用する力を十分に育てることは難しいと指摘されています。

また、従来型研修では「正解志向」が強調されがちです。あらかじめ用意された模範解答に近づくことが評価される環境では、参加者は失敗や異論を避ける傾向を強めます。その結果、多様な視点や新しい発想が表に出にくくなり、研修が形式的なものになってしまうことも少なくありません。

さらに、企業という組織の特性上、上下関係や役職による発言抑制も起こりやすい問題です。上司や管理職の意見が暗黙の正解として受け取られる状況では、自由な意見交換や率直な対話は成立しにくくなります。こうした構造的な制約が、従来型企業研修の効果を限定的なものにしてきました。

OBLが企業研修にもたらす構造的効果

OBLを企業研修に応用することで、これらの課題に対する構造的なアプローチが可能になります。まず、オブジェクトという仕事と直接関係のない対象を介在させることで、参加者は評価や利害から一時的に距離を取ることができます。これにより、発言の正しさよりも思考の過程に注目が集まり、安全な思考空間が生まれます。

次に、OBLは意見の違いを前提とした学習設計になっています。同じオブジェクトを見ても解釈が分かれることは自然であり、その違いを比較し、対話を通じて理解を深めることが求められます。この経験は、ビジネスの現場で避けられがちな意見の対立を、建設的に扱う訓練として機能します。

さらに、OBLのプロセスを通じて、チームの中にどのような思考の癖や役割分担が存在しているのかが可視化されます。誰が観察に強いのか、誰が仮説を広げるのか、誰がまとめ役になるのかといった特徴が自然に表れます。こうした気づきは、チームワークを改善するための重要な手がかりとなり、OBLが企業研修において有効な手法である理由の一つとなっています。

The Art of Teamwork とは何か

プログラムの概要

The Art of Teamwork は、オーストラリアの大学博物館であるChau Chak Wing Museumが提供している、企業・ビジネスマン向けの研修プログラムです。美術館や博物館を会場とした企業研修は、会場貸しやCSR活動の一環として行われる例は少なくありませんが、このプログラムの特徴は、博物館教育の方法論そのものを研修設計の中核に据えている点にあります。

対象は、企業のチーム単位での参加者や管理職層、場合によっては個人参加者まで幅広く設定されています。研修形式は講義中心ではなく、博物館の展示空間や専用スペースで収蔵品と向き合いながら進められる体験型のワークショップです。目的は、専門知識を学ぶことではなく、観察力や対話力、チーム内での思考の進め方を見直すことにあります。

The Art of Teamwork では、博物館という日常業務から切り離された空間を活用し、参加者が肩書きや職務上の役割から一時的に離れて思考する状況をつくり出します。その上で、オブジェクトを介した対話を通じて、チームワークやコミュニケーションの質を高めることが狙いとされています。この点で、本プログラムは「博物館 企業研修 海外事例」の中でも、教育理論と実務を結びつけた特徴的な取り組みだと言えるでしょう。

どのようなオブジェクトが使われているのか

The Art of Teamwork で用いられるオブジェクトは、有名作品や高度な専門知識を必要とする資料ではありません。むしろ重視されているのは、正解が一義的に定まらないこと、そして参加者が予備知識なしでも自分なりに語れる対象であることです。考古資料や民族資料、抽象的な美術作品など、解釈の幅が広いオブジェクトが選ばれます。

こうした対象は、「正しく理解できたか」を競う学習には向きませんが、「どのように見たか」「なぜそう考えたか」を語り合うための素材としては非常に適しています。オブジェクトは教材というよりも、参加者の思考や価値観を引き出す媒介として機能しており、オブジェクト・ベースド・ラーニングの考え方が企業研修に翻訳されている点が特徴です。

研修の基本構造

The Art of Teamwork の研修は、シンプルでありながら意図的に設計された構造を持っています。まず参加者はオブジェクトを前にして、細部まで丁寧に観察することから始めます。この段階では解釈や評価を急がず、見える事実に注意を向けることが重視されます。

次に行われるのが対話です。参加者は自分の見方や解釈を共有し、他者の視点と比較します。ここでは意見の違いが自然なものとして扱われ、どちらが正しいかではなく、どのような根拠に基づいているかが問われます。最後に、こうしたやり取りを振り返り、研修で経験した思考や対話のプロセスが、日常の仕事やチーム内のコミュニケーションとどのようにつながるのかを整理します。

この「観察・対話・振り返り」という基本構造によって、The Art of Teamwork はオブジェクト学習を単なる体験で終わらせず、企業研修として意味のある学びへとつなげているのです。

The Art of Teamwork におけるOBLの活かされ方

OBLの「知識部分」を意図的に削っている点

The Art of Teamwork におけるオブジェクト・ベースド・ラーニング(OBL)の最大の特徴は、博物館教育でしばしば重視される知識的要素を意図的に最小化している点にあります。通常、OBLは作品や資料の背景、歴史的文脈、専門的解釈と結びつきながら実践されることが多く、学習の成果は対象理解の深化として現れます。しかし本プログラムでは、そうした知識獲得を研修の目的に設定していません。

代わりに重視されているのは、参加者がオブジェクトを前にしたときにどのように観察し、どのような仮説を立て、どのような言葉でそれを説明するのかという思考の過程です。知識が前面に出ると、正誤判断や専門性の差が生まれやすくなり、企業研修において重要な対話の平等性が損なわれる可能性があります。The Art of Teamwork ではこの点を避けるため、学芸員による詳細な解説や正解の提示は控えられています。

この設計によって、参加者は「分かっているかどうか」を気にする必要がなくなり、自分なりの見方を安心して表現できるようになります。OBLの中核である思考プロセスだけを抽出し、知識要素を削ることは、博物館教育をビジネスの文脈へ翻訳するための重要な調整だと言えるでしょう。

オブジェクトを「仕事と無関係な鏡」として使う設計

The Art of Teamwork では、オブジェクトが教材として機能するというよりも、参加者自身やチームの思考を映し出すとして扱われています。研修で使用される資料は、参加者の業務内容や評価、組織内の利害関係とは直接結びついていません。この「仕事と無関係である」という性質が、企業研修において極めて重要な役割を果たします。

通常の企業研修では、ケーススタディや自社課題を扱うことで、参加者が無意識のうちに防衛的になったり、無難な意見に終始したりすることがあります。一方、博物館のオブジェクトは、誰にとっても初見の対象であり、成功や失敗の評価と切り離されています。そのため参加者は、安心して自分の考えを外在化し、他者の意見と向き合うことができます。

このときオブジェクトは、「何を考えたか」だけでなく、「どのように考えたか」を浮かび上がらせます。意見の違い、着目点の差、議論の進め方といった要素が、オブジェクトを介することで可視化され、チームの思考の癖や関係性を安全に振り返ることが可能になります。ここに、OBLを対話型研修として活かすための設計上の工夫が見て取れます。

職場への転移を前提にした振り返り設計

The Art of Teamwork がOBLの応用事例として評価される理由の一つに、研修体験を職場へ転移させることを前提に設計されている点が挙げられます。オブジェクトをめぐる観察や対話は、それ自体が目的ではなく、あくまで参加者が日常業務を見直すための素材として位置づけられています。

研修の終盤では、必ず振り返りの時間が設けられます。ここでは、「どのような場面で意見が分かれたのか」「そのとき自分はどのように振る舞っていたのか」といった問いが投げかけられます。そして、そのプロセスが普段の会議や意思決定の場面とどのように重なるのかを言語化していきます。

この振り返りによって、参加者はOBLで体験した思考の型を抽象化し、業務に再利用可能な形で持ち帰ることができます。観察と解釈を分けること、根拠を示して説明すること、意見の違いを急いで解消しないことといった姿勢は、職場に戻った後も実践可能です。The Art of Teamwork は、OBLを単なる博物館教育の応用にとどめず、ビジネスの現場で機能する対話型研修へと転換している点に、その大きな特徴があります。

参加者はこの研修から何を得ているのか

自分自身の思考癖への気づき

The Art of Teamwork に参加した人々がまず得ているのは、知識やノウハウ以前に、自分自身の思考癖への気づきです。オブジェクト・ベースド・ラーニング(OBL)では、参加者が同じオブジェクトを前にしても、着目点や解釈が大きく異なることが可視化されます。この過程で、「自分は細部から考える傾向がある」「全体像を先に捉えようとする」「すぐに結論を出そうとする」といった、自身の思考スタイルが浮かび上がります。

通常の企業研修では、こうした思考の癖は暗黙の前提として扱われ、あえて言語化されることは多くありません。しかし本研修では、仕事と直接関係のないオブジェクトを扱うことで、防衛的な態度を取らずに自分の考え方を振り返ることができます。その結果、参加者は「自分がどのように物事を見て、判断しているのか」を客観的に捉える機会を得ます。

この自己理解は、単なる内省にとどまらず、日常業務での意思決定やコミュニケーションを見直す基盤となります。企業研修の効果としてしばしば語られるスキル向上の前提には、このような自己認識の更新が不可欠であり、OBLを用いた研修はその入口を提供していると言えるでしょう。

チームの関係性と認知構造の理解

次に重要なのは、チームとしての関係性や認知構造を理解できる点です。The Art of Teamwork では、個々人の意見が並べられるだけでなく、それらがどのように影響し合い、対話の中で変化していくのかが観察されます。誰が議論を主導するのか、誰が慎重に検討を進めるのか、どの場面で意見が分かれやすいのかといった特徴が、オブジェクトを介した対話の中で自然に表れます。

このような経験を通じて、参加者はチームワークを抽象的な理念としてではなく、具体的な振る舞いや思考の積み重ねとして捉えるようになります。対話が停滞する場面や、意見が対立したときの対応の仕方を振り返ることで、チーム内のコミュニケーションの癖や前提条件が明確になります。

特に重要なのは、こうした気づきが責任追及や評価につながらない形で共有される点です。博物館という中立的な場で行われる研修だからこそ、チームの認知構造を安全に振り返ることができ、今後の協働のあり方を考えるための共通理解が形成されます。これは、対話力やチームワークを高める研修として、大きな意義を持っています。

業務に再利用可能な「思考の型」

The Art of Teamwork の研修を通じて参加者が最終的に持ち帰るのは、特定の業務スキルではなく、業務に再利用可能な思考の型です。具体的には、まず事実を丁寧に観察すること、解釈と評価を分けて考えること、自分の判断の根拠を言語化すること、そして他者の視点を取り入れて考えを更新することといった一連のプロセスが身につきます。

これらの思考の型は、会議での議論、顧客対応、プロジェクトの意思決定など、さまざまな業務場面に応用することができます。たとえば、意見が対立したときに「何を見てそう判断したのか」を問い直す姿勢や、結論を急がずに多様な見方を一度並べる態度は、対話の質を高める上で有効です。

OBLを基盤としたこの研修は、参加者に一時的な気づきを与えるだけでなく、仕事に戻った後も繰り返し使える思考フレームを提供しています。その点で、The Art of Teamwork は企業研修の効果を短期的な満足度にとどめず、継続的な思考力・対話力の向上へとつなげていると言えるでしょう。

日本の博物館でOBL型企業研修を行うための視点

小規模導入の現実解

OBL型の企業研修を日本の博物館で実装する際、最初から大規模な事業として立ち上げる必要はありません。むしろ重要なのは、既存の教育活動や人的資源を活かしながら、小さく試行できる形で導入することです。多くの博物館では、すでに対話型鑑賞やワークショップなど、OBLと親和性の高い教育プログラムが実践されています。これらを企業研修向けに再構成することが、現実的な第一歩となります。

具体的には、自館職員や関連機関の職員を対象とした内部研修から始める方法が考えられます。内部研修であれば、契約や料金設定といった事業的ハードルを下げつつ、プログラムの設計や進行のノウハウを蓄積することができます。その後、自治体職員研修や地域企業向けの試行的プログラムへと段階的に広げていくことで、博物館 企業研修 日本における実践モデルを構築しやすくなります。

また、時間設計も重要な要素です。90分程度の短時間プログラムであれば、企業側にとっても参加のハードルが低く、博物館側の負担も抑えられます。まずは「体験としてのOBL」を提供し、その反応や効果を踏まえて半日・1日型の研修へ発展させていくことが、持続可能な導入戦略だと言えるでしょう。

研修に求められる専門性の再定義

OBL型企業研修を実施する上で、もう一つ重要なのが、博物館職員に求められる専門性の捉え直しです。従来、学芸員や教育普及担当の専門性は、資料に関する知識量や解説能力によって評価されることが多くありました。しかし、企業研修の文脈では、知識を伝える力よりも、思考と対話を設計する力が求められます。

OBL型研修において学芸員が担う役割は、講師や解説者というよりもファシリテーターに近いものです。参加者の発言を引き出し、観察と解釈を整理し、対話が一方向に偏らないよう調整する力が必要になります。このような専門性は、博物館教育の現場で培われてきたスキルを基盤としつつも、企業研修という新たな文脈で再定義されるべきものです。

さらに、博物館 教育 事業化を視野に入れる場合、外部の人材育成専門家や組織開発の実務者と協働する選択肢も考えられます。博物館側がOBLの設計と場づくりを担い、企業研修の文脈理解や評価設計を外部パートナーが補完することで、無理のない役割分担が可能になります。こうした専門性の再定義と協働の視点は、日本の博物館が企業研修という新たな領域に踏み出す上で、欠かせない前提条件となるでしょう。

まとめ

本記事で見てきたように、オブジェクト・ベースド・ラーニング(OBL)は、単なる展示解説の補助的手法ではなく、博物館教育の中核をなす学習技法です。実物のオブジェクトを起点に、観察・解釈・対話・再解釈を繰り返すプロセスは、知識の習得以上に、思考のあり方そのものを問い直す力を学習者に与えてきました。OBLは、博物館が長年培ってきた教育的実践を理論化した方法であり、博物館教育の本質を端的に表していると言えます。

The Art of Teamwork は、そのOBLを企業研修という文脈に最適化した事例です。知識伝達を目的とせず、オブジェクトを「仕事と無関係な媒介」として用いることで、参加者の思考やチームの関係性を安全に可視化し、対話を通じた学びを成立させています。これは、OBLの思想を損なうことなく、ビジネスの現場で機能する形へと翻訳した実践だと評価できます。

この事例が示しているのは、博物館が展示や保存の場にとどまらず、人々の「考える力」を鍛える社会装置として機能し得るという可能性です。博物館教育の方法論は、学校教育や企業研修といった異なる領域とも接続可能であり、その価値は今後さらに広がっていくでしょう。OBLを軸に据えた実践は、博物館が社会とどのように関わり続けるのかを考える上で、重要な手がかりを与えてくれます。

参考文献

  • Chatterjee, H. J., & Hannan, L. (Eds.). (2015). Engaging the senses: Object-based learning in higher education. Routledge.
  • Causey, A. (2011). Corporate training in museums. Journal of Museum Education, 36(1), 91–102.
  • Kador, T. (2025). Object-based learning: Exploring museums and collections. UCL Press.
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この記事を書いた人

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日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

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