はじめに:なぜリピーターは重要なのか
博物館は、社会教育機関として文化財を保存・展示する役割を担いながら、同時に地域社会に根ざした“開かれた空間”としての機能も果たしています。加えて、近年ではミュージアムの経営的な持続可能性がますます問われるようになっており、来館者数の安定と成長はその運営基盤を支える最も重要な要素のひとつとなっています。
しかし、多くの施設が共通して直面している現実として、「一度は足を運んでくれたが、再び戻ってくることはなかった」という来館者の存在が挙げられます。特別展の開催時に動員された来館者が、常設展や次回の展示には訪れないというケースは珍しくありません。このように“一度限りの来館”で終わってしまう現象は、単なるマーケティング上の問題ではなく、博物館と社会との関係性をどう築いていくかという根本的な問いを投げかけています。
来館者数を増やすためには、確かに新たな層にリーチすること、つまり新規来館者の獲得は不可欠です。とりわけ近年では、SNSを活用した情報発信や、子ども・若年層を意識したコンテンツ開発など、新たなオーディエンスへのアプローチが盛んに行われています。しかし一方で、新規来館者の獲得には時間もコストもかかるうえ、常に一定数を安定して呼び込むことは容易ではありません。
この点において、再来館を促す“リピーター”の存在こそが、博物館経営の安定性を支える中核的な要素であるとする指摘が近年の研究においても重視されています(Brida et al., 2013)1。マーケティングの分野においては、既存顧客を維持する方が新規顧客を獲得するよりもコストが低いというのは広く知られた理論です。文化施設においてもこの原理は当てはまり、すでに博物館を訪れたことがある人々を、いかにして再び迎え入れるかという課題は、経営戦略の重要な柱の一つと見なすべきでしょう。
しかも、リピーターは単なる「もう一度訪れた人」ではありません。彼らは施設への信頼や愛着を持ち、時には寄付やボランティアといったかたちで博物館との関係性を深めていく潜在的なパートナーでもあるのです。つまり、来館者のリピート行動は、経営上の数字としての「再訪率」のみならず、博物館の社会的基盤そのものを支える関係性の厚みをも意味しているのです。
それでは、来館者が再び博物館を訪れない理由は何なのか。どのような要因が再訪を妨げ、逆にどのような条件がリピートを促進するのか。そして、博物館はその戦略をどのように構築していくべきなのか。本記事では、近年の研究成果や実例を交えながら、「リピーター」の行動と心理を多面的に検討し、来館者との関係性の継続という観点から、博物館のリピート戦略を再考していきます。
満足すれば再訪する? ― 「満足度信仰」の限界
博物館に限らず、文化施設や観光地の評価において「来館者満足度」は、最も頻繁に用いられる指標の一つです。展示の内容、スタッフの対応、施設の清潔さ、アクセスの利便性など、来館体験を構成するさまざまな要素は、来館者アンケートやモニター調査の中で評価され、その結果はしばしば「満足」「不満足」という単純な二分法で集計されます。そして多くの場合、「満足してもらえれば、また来てくれるはずだ」という前提に基づいてリピーター獲得が試みられてきました。
しかし、近年の研究はこの前提に疑問を投げかけています。たとえば、Hume(2011)は、来館者の満足が必ずしも再訪意図に直結しないことを、実証的に明らかにしました。彼女の研究では、来館者は「その展示体験に満足した」からといって、それが「次回もまた来たい」という動機にはつながらないことが確認されています。むしろ、展示の完成度が高く、期待以上の体験をした来館者ほど、「もう一度同じような感動は得られないだろう」と感じ、“一度で十分”という心理が働くことすらあるのです(Hume, 2011)2。
このように考えると、「満足度」と「リピート意図」は異なる心理的次元にあることが見えてきます。前者はある一回の来館体験に対する評価であり、後者は未来の行動選択に関する意図です。博物館の側がこの二つを混同したままリピート戦略を展開すれば、成果に結びつかない可能性が高くなります。
さらに、来館者の「再訪」に関する意思決定は、展示内容そのもの以上に、博物館との“関係性”の中で育まれるものであるという視点が重要になってきます。つまり、展示をどれだけ工夫しても、それが一過性の体験にとどまる限り、次回の訪問は保証されないのです。むしろ、再訪を促すためには、「また来たくなる理由」や「来続ける価値」を来館者自身が実感できるような関係性の設計が求められます。
以上のように、「来館者に満足してもらえれば、再び来てくれる」という考え方は、部分的には有効であるものの、それだけでは不十分です。満足の“その先”にあるもの、すなわち継続的な関係性の構築こそが、真に意味のあるリピート戦略の出発点であるといえるでしょう。
なぜ来館者の多くは“一度きり”なのか ― ライトコンシュンプションという視点
来館者の再訪を促すための議論を進めるうえで、まず直面するのは「そもそもなぜ多くの人が一度きりで終わるのか」という素朴ながら本質的な問いです。これは展示や施設の質に限らず、来館者自身の“動機”の質とも深く関わっています。
Bridaら(2015)の研究は、まさにこの問いに対して新たな視点を提供しています。彼らはイタリア・ガルダ湖にある人気ミュージアム「ヴィットリアーレ」における来館者調査を通して、来館者の動機を「知的・教育的関心(ハード・コンシュンプション)」と「娯楽的・一時的な動機(ライト・コンシュンプション)」の二軸に分類しました。その結果、観光中に偶発的に訪れる来館者、いわば“観光地でやるべきことリスト”の一つとして博物館を選ぶ来館者ほど、後者の動機に該当し、再訪率が低い傾向にあることが明らかになりました(Brida et al., 2015)3。
このような「ライト・コンシューマー」は、展示に深く関心を持って訪れるというよりも、旅先での空き時間の過ごし方として、あるいはSNS映えする写真を撮る場として博物館を利用することがあります。展示の内容が自分の興味関心と直接結びついていなくても、館内が快適であればそれなりに満足し、「よかったね」で終わる。しかしその満足は、再訪や関係の深化につながるものではないのです。
さらに、観光型来館者の多くは自宅から遠く離れた場所にある施設を訪れており、日常的に通うことがそもそも物理的に難しいという現実もあります。これもまた、再訪を阻む重要な要因の一つです。Bridaら(2015)はこのような傾向を「コンスタントに一時的な来館者(constantly occasional consumers)」と呼び、観光地型ミュージアムにおいてはこの層の比率が非常に高いことを指摘しています。
この知見は、リピーター戦略にとって決して無視できない示唆を与えてくれます。すなわち、「すべての来館者をリピーターに転換することは不可能である」という前提に立ったうえで、“どの来館者を、どのようにして再訪者へと育てるか”という選別的な戦略が必要になるということです。観光地の来館者に対しては、再訪を促すよりもむしろ“一度の訪問で深い体験を提供する”ことに力点を置くべきかもしれません。
一方で、地域住民や定期的にアクセス可能な来館者に対しては、後述するような会員制度やプログラム提供を通じて、関係性を継続させていく仕組みの構築が極めて有効です。リピーター戦略は、来館者の動機・属性・地理的条件に応じて柔軟に設計されるべきであり、「誰に向けて、どのようなリピーター戦略を採るのか」を見極めることが、実効性ある施策につながるのです。
リピートを生むのは「満足」より「関係性」 ― 継続的なつながりをつくる仕組みとは
リピーター戦略を語る際、「満足度が高ければ再訪する」という発想は非常にわかりやすく、直感的にも納得しやすいものです。しかし前節で見たように、満足した来館者が必ずしも再訪するとは限らず、むしろ一度の来館体験で十分だと感じるケースも少なくありません。では、何が人々を再び博物館へと足を運ばせるのでしょうか。そこに鍵となるのが、「関係性(relationship)」という概念です。
この関係性の視点を重視したのが、DarnellとJohnson(2001)の研究です。彼らは、観光施設における再訪行動が単なる反復的消費ではなく、施設との間に築かれた関係性に基づく行動であると指摘しました。つまり、リピーターとは「展示がよかったからまた行く人」ではなく、「あの場所と自分とのつながりがあるから、また行く人」であるということです(Darnell & Johnson, 2001)4。
こうした関係性は、一度きりの来館ではなかなか育まれません。重要なのは、来館者と博物館との間に「継続的な接点」を設ける仕組みを構築することです。その手段として有効なのが、たとえば以下のような取り組みです。
- 会員制度の導入や強化:会員限定のプログラムや割引、特別イベントなどを通じて、来館者に“所属感”を提供する。
- 来館履歴に基づくパーソナライズドな情報提供:過去の来館や興味に応じた展示案内や講座の紹介を行う。
- 継続型の教育・参加プログラム:単発のワークショップではなく、連続講座や市民研究活動のような長期的参加の場を用意する。
また、Heukenら(2021)の研究によれば、リピーターは初来館者に比べて展示への接し方が異なる傾向があるとされます。彼らは展示全体を一通り見るのではなく、特定の展示に絞って深く関与し、滞在時間も長くなるという行動特性を示します(Heuken et al., 2021)5。こうした行動からも、リピーターは博物館との関係性を「情報の消費」ではなく、「自分の関心との対話の場」として捉えていることが伺えます。
このように、リピーターを生むためには、展示の質を高めることと同じかそれ以上に、関係性を育てるための長期的視野に立った設計が必要です。来館者を「単なる一回限りの顧客」としてではなく、「共に学び、共に場をつくる仲間」として捉えなおすことが、これからのリピート戦略には不可欠なのです。
“関係性をかたちにする”しくみ ― 会員制度・継続プログラム・支援コミュニティの可能性
リピーターを生み出すには、満足度を高めるだけではなく、博物館と来館者との間に「継続的な関係性」が存在していることが重要である――この点はすでに述べた通りです。では、そのような関係性を博物館がいかに“可視化”し、“制度化”し、“持続可能な仕組み”として設計できるかが、実践面における課題となります。
ここでは、特に注目すべき三つのアプローチ――①会員制度、②継続型プログラム、③支援型コミュニティ形成――を取り上げ、それぞれがどのように「再来館」を超えた関係構築に貢献するのかを考察します。
会員制度:参加と帰属の“入り口”
会員制度は、リピーター育成の最も基本的な手段の一つです。従来の博物館では、会員に対して入館料の割引や会報の送付、イベントへの優先招待などが提供されてきました。これらは単なる“特典”にとどまらず、来館者に「自分はこの博物館の一員である」という意識を持ってもらうための装置となります。
Hume(2011)も指摘しているように、来館者の再訪意図は「展示が良かった」だけでなく、「その場所に何かしらの“価値”を感じたかどうか」によって左右されます。会員制度は、金銭的・情報的価値だけでなく、「博物館の未来を共に支える存在」という心理的価値を付加し、来館者にとっての“居場所”の感覚を醸成する仕組みでもあるのです(Hume, 2011)6。
継続型プログラム:一度きりを超えた学びの場
一回限りのワークショップやイベントも有効ですが、それだけでは関係性は点で終わってしまいます。これに対して、「連続講座」「定期的な市民研究プロジェクト」「学びのコミュニティづくり」などの継続型の学びの機会は、来館者と博物館とのあいだに“時間の共有”という価値を生み出します。
FalkとDierking(2013)の「学習の文脈モデル」においても、来館体験は来館者の個人的・社会的・物理的文脈に加えて、時間的文脈の中で捉えられるとされています。つまり、展示というモノを媒介にした関係性も、“時を重ねる”ことによって深まり、定着していくのです7。
3. 支援型コミュニティ:来館者を“支援者”へと育てる
来館者の中には、博物館の活動に対してより深い関わり方を求める人々もいます。そうした人々に向けて、寄付制度、クラウドファンディング、ボランティア活動の参加機会などを用意することで、来館者は「鑑賞者」から「支援者」「協力者」へと立場を変えていきます。
近年では、SNSやオンラインプラットフォームを通じた支援のかたちも一般的になりつつあります。展示の舞台裏を紹介するライブ配信や、学芸員と支援者が交流するオンラインイベントなどを通して、博物館の“中の人”との距離を縮めることも、関係性の深化に効果的です。
このような支援型コミュニティは、博物館の収益面だけでなく、社会的基盤としてのファン層の形成にもつながり、リピーターの存在価値をより多面的に捉える視点を提供してくれます。
制度設計は“動機”に応じて
これらの施策はいずれも有効ですが、万能ではありません。重要なのは、来館者の属性・動機・来館頻度などに応じて、柔軟に制度設計を行うことです。たとえば、遠方からの観光客にとっては継続型プログラムよりも「一回の体験をいかに濃密にするか」が重視されるでしょう。一方で地域住民にとっては、「通い続ける理由」があるかどうかが鍵になります。
リピート戦略とは、単に「再訪を増やす仕組み」ではなく、“関係性をかたちにする”制度と運用をデザインすることに他なりません。
おわりに ― 関係性の再設計としてのリピーター戦略
本記事では、「来館者がなぜ“帰ってこない”のか」という素朴ながら根深い問題を起点として、博物館におけるリピーター戦略の再考を行ってきました。従来の「満足度向上による再訪促進」という図式に対し、その限界を指摘し、「関係性の構築」という新たな視点からリピート行動を捉え直すことの重要性を明らかにしてきました。
特に重要な論点として浮かび上がったのは、以下の三点です。
第一に、「満足」と「再訪」は別物であるという事実です。満足した来館者が再び来るとは限らず、展示の質や内容の高さが逆に“一度で十分”という印象を与えてしまうこともあります。このような現象は、リピーター戦略を「質の向上」のみで語ることの限界を示しています。
第二に、「ライトコンシューマー」という観点の導入です。観光客を中心とする一時的な来館者の多くは、文化的関心よりも偶発性に基づいて来館しており、その動機の軽さゆえに再訪には結びつきにくい場合があります。したがって、リピーター戦略は来館者全体を対象にするのではなく、継続的な関係構築が可能な層に対して、選択的に展開される必要があります。
第三に、来館者との関係性を制度的に支える仕組みの重要性です。会員制度や継続型プログラム、支援型コミュニティといった実践的な枠組みは、再訪という行動を一時的な選択ではなく、博物館との“つながり”として位置付け直す機能を持っています。これらの仕組みは、博物館と来館者のあいだに信頼や共感の基盤をつくり、それが再訪を含むさまざまな参加行動へとつながっていくのです。
ここで強調すべきなのは、リピーター戦略とは、単なるマーケティング施策ではなく、「関係性の再設計」であるということです。博物館が来館者にとっての意味ある場所となり、繰り返し訪れたくなる理由を持つ場となるためには、「展示を観せる場」から「共に時間を過ごし、価値を育てる場」へと変容していく必要があります。リピートとは、単なる「また来ること」ではなく、「また会いたくなる関係性」のことなのです。
本記事で展開した議論が、来館者を“数”としてではなく“関係”として捉える視点を育て、博物館のマネジメントにおいてより豊かで持続的な実践を可能にする一助となることを願っています。
参考文献
- Brida, J. G., Disegna, M., & Scuderi, R. (2013). The behaviour of repeat visitors to museums: Review and empirical findings. Quality & Quantity, 47(1), 305–322.https://doi.org/10.1007/s11135-013-9927-0 ↩︎
- Hume, M. (2011). How do we keep them coming?: Examining museum experiences using a services marketing paradigm. Journal of Nonprofit & Public Sector Marketing, 23(1), 71–94.https://doi.org/10.1080/10495142.2011.548759 ↩︎
- Brida, J. G., Dalle Nogare, C., & Scuderi, R. (2015). Frequency of museum attendance: Motivation matters. Journal of Cultural Economics, 39(3), 261–286.https://doi.org/10.1007/s10824-015-9254-5 ↩︎
- Darnell, A. C., & Johnson, P. S. (2001). Repeat visits to attractions: A preliminary economic analysis. Tourism Management, 22(2), 119–126.https://doi.org/10.1016/S0261-5177(00)00036-4 ↩︎
- Heuken, N., Schüder, A.-L., & Christian, A. (2021). Differences between first-time and repeat visitors in a special exhibition at a natural history museum. Visitor Studies, 24(2), 157–175.https://doi.org/10.1080/10645578.2021.1907150 ↩︎
- Hume, M. (2011). How do we keep them coming?: Examining museum experiences using a services marketing paradigm. Journal of Nonprofit & Public Sector Marketing, 23(1), 71–94.https://doi.org/10.1080/10495142.2011.548759 ↩︎
- Falk, J. H., & Dierking, L. D. (2013). The museum experience revisited. Walnut Creek, CA: Left Coast Press. ↩︎

