アート思考はビジネスパーソンに必要なのか?|問題解決では通用しない時代の問いの立て方

目次

はじめに

アート思考という言葉がビジネスの文脈で語られるようになって久しくなりました。一方で、「感性を鍛える話なのではないか」「ひらめき重視で実務には向かないのではないか」といった違和感を抱く人も少なくありません。実際、検索欄に「アート思考 ビジネス 必要か」「アート思考 意味ない」と入力している人の多くは、その必要性に半信半疑なのではないでしょうか。

結論から言えば、アート思考はすべてのビジネスパーソンに常に求められる万能な思考法ではありません。しかし一方で、特定の局面においては、これまでの問題解決型の思考だけでは対応しきれず、代替のきかない役割を果たす場面が確実に存在します。その分かれ目は、能力やセンスの有無ではなく、「扱っている問題の性質」にあります。

現代のビジネスでは、正解や評価基準が事前に定まらない課題が増えています。このような状況では、「どう解くか」以前に、「何を問題として設定するのか」「どのような問いを立てるのか」が成果を左右します。アート思考が関わるのは、まさにこの問題設定や問いの段階です。

本記事では、アート思考を感性論や流行語として扱うのではなく、ビジネスにおける必要性を理論的に整理します。どのようなビジネスパーソンに、どのような局面で、なぜアート思考が必要になるのか。その条件を明確にしながら、誤解の多いこの思考法を、実務に引き寄せて考えていきます。

なぜ今、アート思考がビジネスで語られるのか

近年、ビジネスの現場では「正しいことをしているはずなのに、うまく進まない」「数字は達成しているのに、成果としての実感が乏しい」といった感覚が語られることが増えています。こうした違和感は、個々のビジネスパーソンの能力低下や努力不足によって生じているわけではありません。むしろ、扱っている問題の性質そのものが変化してきたことによって、従来の思考法が十分に機能しなくなっていると捉える方が適切です。

KPIや合理性、効率性といった指標は、目標や評価基準が明確に定義できる局面では非常に有効です。製造工程の改善やコスト削減、既存事業の最適化などでは、数値化された指標に基づく意思決定が高い成果を上げてきました。しかし、すべてのビジネス課題がこのような性質を持っているわけではありません。市場環境が急速に変化し、利害関係者が多様化する中で、そもそも「何を成功とみなすのか」「何を解くべき問題と考えるのか」が事前に合意できない局面が増えています。

このような状況では、問題は「解けない」のではなく、「定義できない」状態にあります。評価基準が定まらないため、どの選択肢が正しいのかを事後的に検証することも難しくなります。こうした問題は、単純な最適化や改善の対象ではなく、関係者の価値観や前提条件そのものと結びついており、扱い続けながら暫定的に方向性を探るしかない性質を持っています(Head & Alford, 2015)。

さらに、こうした問題に対して「万能の解決策」が存在しないことも重要な特徴です。問題の捉え方そのものが立場によって異なり、解決の成否を客観的に測ることが困難なため、従来の合理的意思決定モデルでは対応しきれなくなります。この点については、問題の複雑性を強調し過ぎることで思考停止に陥る危険性も指摘されており、問題を「解けないもの」として放置するのではなく、どのように扱い続けるかが問われていると整理されています(Termeer et al., 2019)。

こうした背景のもとで、ビジネスにおいて重要性を増しているのが、「どう解決するか」以前に、「何を問題として設定するのか」「どのような問いを立てるのか」という思考の段階です。アート思考が注目される理由は、感性や創造性を称揚するからではなく、評価基準や前提が揺らぐ局面において、問題を定義し直すための思考の枠組みを提供する点にあります。従来の思考法が行き詰まっているように見えるのは、個人の能力の問題ではなく、問題の性質が変化した結果だと理解することが、議論の出発点になります。

ビジネスの課題は「解決」ではなく「問題設定」に移っている

前節で見たように、現代のビジネスでは評価基準や正解が事前に定まらない課題が増えています。この状況において、従来と同じように「どう解決するか」を考え続けても、議論が前に進まない場面が少なくありません。その背景には、多くの職場で「何を問題とするか」という問題設定の段階が、暗黙のまま引き継がれているという構造があります。

日常的な業務では、問題設定を改めて問い直す機会は多くありません。既存の事業、過去の成功事例、業界の常識などを前提として、「この条件のもとで最適な解決策は何か」が検討されます。このやり方は、環境が安定している局面では非常に効率的です。しかし、不確実性が高まるほど、その前提自体が現状とずれている可能性が高くなります。その結果、解決策の完成度を高めても、期待した成果につながらないという事態が生じます。

不確実性が高い状況では、成果を左右するのは解決力そのものよりも、「どのような問題を設定したか」という点にあります。問題設定が適切であれば、解決策は複数存在し得ますが、問題設定を誤ると、どれほど優れた解決策を導いても成果には結びつきません。この意味で、問題設定は解決に先行する作業であり、後付けで調整されるものではなく、意図的に設計されるべきプロセスだと考えられます。

こうした視点は、ビジネスの文脈でも学術的に検討されてきました。ビジネスパーソンを対象とした研究では、与えられた課題を解く能力だけでなく、自ら問題を見出し、再構成する能力が成果に影響することが示されています。この能力は problem finding と呼ばれ、創造性の一要素としてだけでなく、実務的なスキルとして育成可能であることが報告されています(Fontenot, 1993)。

さらに近年の研究では、起業やイノベーションの分野において、「どの問題を解くか」を設計する行為そのものが、価値創出の中核に位置づけられています。ここでは、解決策の巧拙よりも、「解くに値する問題」を選び取ることが競争力になると整理されています(Bianchi & Verganti, 2021)。この視点に立つと、問題設定は分析の前段階ではなく、戦略そのものだと言えます。

ビジネスの課題が「解決」から「問題設定」へと重心を移しつつあるのは、思考の流行が変わったからではありません。環境の不確実性が高まり、前提が共有されにくくなった結果として、どの問いを立てるかが成果を左右する条件になったのです。この変化を理解することが、アート思考が注目される理由を読み解く上で、次の重要な手がかりになります。

なぜ経験豊富なビジネスパーソンほど行き詰まるのか

ビジネスの現場では、経験豊富で専門性の高い人ほど、重要な判断を任される場面が多くなります。専門知識や過去の成功体験は、複雑な状況を素早く理解し、効率的に意思決定を行う上で大きな強みになります。しかし同時に、その専門性が高まるほど、新しい状況において思考が行き詰まる可能性も高まるという、逆説的な現象が指摘されています。

専門性がもたらす最大の利点は、判断のスピードと安定性です。経験を通じて蓄積された知識やパターン認識によって、「この状況では何をすべきか」を即座に見通すことができます。一方で、その判断の速さは、特定の見方や枠組みに依存することによって成り立っています。つまり、何が問題であり、何が重要であるかという前提が、意識されないまま固定化されやすくなるのです。

特に成功体験が豊富な場合、その経験は強力な基準として機能します。過去にうまくいったやり方や業界の常識は、意思決定の際の暗黙の前提として組み込まれ、疑われにくくなります。このようにして前提が不可視化されると、「そもそも何を問題として設定しているのか」を問い直すこと自体が難しくなります。その結果、新しい状況に直面しても、問題設定を更新できず、従来の枠組みの中で解決策を探し続けてしまいます。

この現象は、創造性研究の分野では fixation、すなわち思考の固定化として整理されています。専門家ほど特定の解釈や解法に強く引き寄せられ、新しい視点を取り入れることが難しくなることが示されています(Crilly, 2015)。ここで重要なのは、固定化が能力の欠如によって生じるのではなく、むしろ高度な専門性の副作用として生じる点です。行き詰まりは、思考が止まっているのではなく、特定の方向に強く引き寄せられている状態だと捉えることができます。

こうした固定化を乗り越えるために必要とされるのが、前提や評価軸そのものを問い直す学習です。組織学習論では、既存の枠組みの中での修正や改善にとどまる学習だけでなく、前提となっている価値観や目標そのものを再検討する学習の重要性が指摘されています(Argyris, 1977)。このような学習は、単に新しい知識を追加することではなく、「これまで当たり前だと考えてきたもの」を一度立ち止まって見直す行為を含みます。

経験豊富なビジネスパーソンが行き詰まりを感じる場面は、能力が衰えた兆候ではありません。それは、専門性が高度化した結果として、問題設定の前提が固定化しているサインだと理解することができます。この前提を意識化し、再構成する力こそが、変化の激しい環境において次の一手を生み出すための重要な条件になります。

アート思考とは何か(ビジネスにおける定義)

ここまで見てきたように、現代のビジネスでは、問題の性質が変化し、従来の問題解決型の思考だけでは対応しきれない局面が増えています。評価基準が揺らぎ、問題設定が暗黙のまま引き継がれ、さらに専門性の高さが思考の固定化を招く。この一連の状況をまとめて捉えるための概念として、アート思考を位置づけることができます。

ビジネスにおけるアート思考とは、感性やひらめきを重視する思考法ではありません。そうではなく、価値基準や前提条件、問題設定そのものを一度ゆるめ、別の枠組みから見直すための思考様式だと定義できます。何を成功とみなしているのか、何を問題だと捉えているのかといった前提を自明のものとして扱うのではなく、あえて問い直すところに特徴があります。

アート思考については、「右脳的な発想法」「センスのある人だけが使える思考」「突飛なアイデアを生む方法」といった誤解が広まりやすい傾向があります。しかし、こうした理解は本質を捉えていません。アート思考が扱うのはアイデアの量や斬新さではなく、どの枠組みで世界を見ているのか、どの問いを立てているのかという、思考の前提部分です。そのため、個人の才能や感覚に依存するものではなく、意識的に用いることができる思考の態度だと整理できます。

この点で、アート思考はロジカルシンキングやデザイン思考と対立するものではありません。ロジカルシンキングは、前提が共有された状況で、筋道立てて最適解を導くために有効です。デザイン思考は、設定された課題に対して、ユーザー視点から解決策を探索する枠組みとして機能します。それに対してアート思考は、そもそもどの課題を設定するのか、どの視点を採用するのかを問い直す、より前段階で働く思考だと位置づけることができます。

近年の研究では、起業やイノベーションの文脈において、「どの問題を解くか」を設計する行為そのものが価値創出の源泉になることが指摘されています。このような視点では、問題設定は分析の前提ではなく、創造的かつ戦略的な行為として捉えられています(Bianchi & Verganti, 2021)。アート思考は、この問題設定の設計を可能にする思考様式として、ビジネスの中で位置づけることができます。

つまり、アート思考とは、感性を磨くための特別なスキルではなく、前提が揺らぐ時代において問いを立て直すための実践的な思考の構えだと言えるでしょう。

どのようなビジネスパーソンにアート思考は必要なのか

ここまでの議論から明らかなように、アート思考の必要性は、個人の性格や感性の有無によって決まるものではありません。重要なのは、その人が担っている役割や、向き合っている課題の性質です。言い換えれば、「向いている人」がいるのではなく、「必要になる局面」が存在すると整理する方が適切です。

まず、戦略立案や企画、経営など、問題設定や方向性そのものを担う立場では、アート思考の必要性が高くなります。これらの役割では、与えられた課題を解くだけでなく、「何を課題として設定するのか」を決めることが仕事の中核になります。不確実性が高い環境では、この問題設定の質が成果を左右するため、問いを設計し直す思考が不可欠になります(Fontenot, 1993)。

次に、KPIは達成しているにもかかわらず、手応えや成長実感が乏しい領域です。顧客体験、関係性、組織文化といった分野では、数値化された指標だけでは捉えきれない価値が重要になります。このような領域では、「何を成功とみなしているのか」という評価基準そのものが問題となるため、前提を問い直す思考が必要になります。これは、評価軸が事前に定まらない問題が増えているという指摘とも対応しています(Head & Alford, 2015)。

新規事業や組織変革の初期段階も、アート思考が必要になる典型的な局面です。ここでは市場や顧客像、成功条件が未定義であり、解決策以前に「解くに値する問題」を見極めることが求められます。この点については、起業やイノベーションの研究において、問題設定そのものが価値創出の源泉になると整理されています(Bianchi & Verganti, 2021)。

また、高度な専門性を持つビジネスパーソンほど、思考の更新が必要になる場面があります。専門知識や経験は強力な資源である一方で、前提が固定化されやすく、新しい問題設定を阻害することがあります。このような固定化は能力不足ではなく、専門性の副作用として生じるものであり、意識的に前提を揺るめる思考が求められます(Crilly, 2015)。

さらに、ブランド戦略や対外関係、組織と社会の関係性を構想する立場でも、アート思考は重要な役割を果たします。これらの領域では、短期的な最適解よりも、「組織として何を大切にするのか」「どのような意味を社会に提示するのか」といった問いが中心になります。こうした問いは、単純な問題解決では扱えない複雑性を持っており、扱い続けながら方向性を定めていく思考が必要になります(Head & Alford, 2015)。

このように整理すると、アート思考が必要になるのは、問題が定義できない局面、評価軸が揺らぐ局面、あるいは専門性による固定化を乗り越える必要がある局面だと言えます。必要性は個人の資質ではなく、役割と状況によって立ち上がるものだと理解することが、この思考法を実務に位置づける上で重要になります。

アート思考が不要な場面もある

ここまで、アート思考が必要になる役割や状況を整理してきましたが、同時に重要なのは、すべての業務にアート思考が必要なわけではないという点です。むしろ、その射程を明確に限定しなければ、思考法としての価値はかえって損なわれてしまいます。

正解や評価基準、業務プロセスが明確に定まっている仕事では、アート思考は不要になりやすいと言えます。たとえば、業務手順が標準化されているオペレーション、成果指標が明確な改善業務、既存モデルの効率化やコスト削減などでは、前提を問い直すよりも、いかに正確かつ迅速に実行するかが成果を左右します。このような場面では、最適化や合理化を重視する従来の思考法の方が適しています。

この違いは、問題の性質によって説明することができます。評価基準が共有され、解決の成否を判断できる問題では、思考の焦点は「より良い解決策を選ぶこと」に置かれます。一方で、評価基準そのものが揺らいでいる問題では、「何を問題とみなすのか」を問い直す必要があります。アート思考は後者の状況に対応するための思考であり、前者の業務に常に持ち込むものではありません。このような問題の性質による使い分けは、複雑な課題を扱う際の基本的な考え方として整理されています(Head & Alford, 2015)。

その意味で、アート思考は「常に使う武器」ではなく、「問いを再設定する必要が生じたときに立ち上げる思考」だと位置づけることができます。前提が安定している局面でアート思考を過度に用いれば、かえって混乱を招くこともあります。重要なのは、問題の性質を見極め、どの思考法を用いるべきかを判断することです。

アート思考のビジネス上の価値は、万能性にあるのではありません。むしろ、必要な場面と不要な場面を区別し、他の思考法と適切に使い分けられる点にあります。その使い分けができて初めて、アート思考は実務の中で意味を持つようになります。

まとめ ― アート思考が必要になる条件とは何か

本記事で見てきたように、現代のビジネス環境では、「どう解決するか」を考える以前に、「何を問題として定義するのか」が揺らぐ場面が増えています。評価基準や成功条件が事前に共有できない状況では、従来の問題解決型の思考だけでは、十分に機能しなくなります。重要なのは、解決策の巧拙ではなく、どの問いを立てるかという思考の出発点です。

このような局面では、問いを設計し直す力そのものが競争力になります。どの枠組みで状況を捉え、何を価値ある問題として設定するのかによって、その後に選ばれる解決策や戦略の方向性が大きく変わるからです。アート思考が関わるのは、まさにこの定義や問いの段階であり、解決の手法そのものではありません。

また、専門性が高いビジネスパーソンほど、思考の固定化が起きやすいという点も重要です。経験や成功体験は大きな資産である一方で、前提や評価軸を自明のものとしてしまい、新しい問題設定を難しくすることがあります。行き詰まりは能力の低下ではなく、専門性が高度化した結果として生じるサインであり、前提を問い直す必要性を示しています。

こうして整理すると、アート思考は万能な思考法ではありません。正解や評価基準が明確な業務では、最適化や効率化を重視する思考法の方が適しています。しかし一方で、問題が定義できない局面や、評価軸そのものが問われる状況においては、アート思考が果たす役割は代替不可能なものになります。

アート思考が必要かどうかは、個人の感性や資質によって決まるのではありません。どのような役割を担い、どのような問題状況に向き合っているのかによって、その必要性が立ち上がります。この条件を見極めた上で思考法を使い分けることが、アート思考をビジネスの中で意味あるものとして位置づけるための前提になります。

参考文献

  • Argyris, C. (1977). Double loop learning in organizations. Harvard Business Review, 55, 115–125.
  • Bianchi, M., & Verganti, R. (2021). Entrepreneurs as designers of problems worth solving. Journal of Business Venturing Design, 1(1–2), 100006.
  • Crilly, N. (2015). Fixation and creativity in concept development: The attitudes and practices of expert designers. Design Studies, 38, 54–91.
  • Fontenot, N. A. (1993). Effects of training in creativity and creative problem finding upon business people. The Journal of Social Psychology, 133(1), 11–22.
  • Head, B. W., & Alford, J. (2015). Wicked problems: Implications for public policy and management. Administration & Society, 47(6), 711–739.
  • Termeer, C. J. A. M., Dewulf, A., & Biesbroek, R. (2019). A critical assessment of the wicked problem concept: Relevance and usefulness for policy science and practice. Policy and Society, 38(2), 167–179.
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この記事を書いた人

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日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

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