文化観光における博物館と行政の連携とは?計画策定を成功させる視点と実務ポイント

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文化観光において「博物館と行政の連携」がなぜ重要なのか

文化観光の推進をめぐっては、「博物館を活用する」「行政が支援する」といった言葉が頻繁に用いられます。しかし実際には、博物館と行政のどちらか一方だけで文化観光を成立させることは困難です。博物館は文化的価値を守り、解釈し、社会に伝える専門機関である一方、観光として人の流れを生み出すための制度設計や調整、財政的裏付けは行政の役割だからです。両者は担っている機能も判断基準も異なり、どちらが欠けても文化観光は成立しません。

にもかかわらず、文化観光がうまく機能していない地域では、「魅力的な文化資源が少ない」「展示内容が弱い」といった中身の問題に原因が求められがちです。しかし海外の研究では、文化観光の停滞要因として繰り返し指摘されているのは、文化資源そのものの不足ではなく、文化遺産管理と観光政策が十分に連携されないまま並行して進められてきたという構造的な問題です。つまり、問題は文化の量や質ではなく、それを誰が、どの段階で、どのような関係性のもとで扱っているのかという点にあります。

博物館は学術性や保存、公共性を重視する一方で、行政は来訪者数や地域振興、説明責任といった政策的成果を重視します。この価値観の違いが調整されないまま文化観光が進められると、博物館は「協力先」として後から呼ばれ、行政は集客施策として文化を扱うというすれ違いが生じやすくなります。その結果、文化観光は単発のイベントや事業の集合体にとどまり、持続的な取り組みへと発展しません。

だからこそ、文化観光において博物館と行政の連携は「付加的な協力関係」ではなく、計画段階から前提として設計されるべき要素だと言えます。文化観光を成功させるためには、博物館と行政がそれぞれの役割と限界を理解したうえで、関係性そのものを意識的に構築していく必要があります。文化観光の停滞は、文化資源の不足ではなく、文化遺産管理と観光政策が並行して進められてきたことによる連携不全に起因する場合が多いと指摘されています(McKercher & du Cros, 2002)。

文化観光がうまくいかない地域に共通する構造的課題

文化と観光は異なる論理で動いている

文化観光が思うように機能しない地域では、文化と観光がそれぞれ異なる論理で運営されているにもかかわらず、その違いが十分に意識されないまま施策が進められていることが少なくありません。観光行政は、来訪者数や滞在時間、経済波及効果といった指標を用い、計画やKPI、補助金制度を通じて事業を管理する傾向があります。年度ごとの成果が求められるため、短期的に「見える結果」を出すことが重視されやすいのも特徴です。

一方で、博物館をはじめとする文化分野は、専門性や学術性、資料保存の継続性を重視し、日々の実践の積み重ねによって価値を形成していく領域です。成果は必ずしも数値化しやすいものではなく、長期的な視点で評価されるべき性質を持っています。このため、文化分野と観光分野では、時間軸や成果の捉え方、意思決定の基準が大きく異なります。

このロジックの違いが調整されないまま文化観光を進めると、行政側は「なぜすぐに成果が出ないのか」と感じ、博物館側は「文化の文脈が十分に理解されていない」と感じる摩擦が生じます。こうしたズレは個人の努力では解消しにくく、制度や計画の設計段階であらかじめ意識されていなければ、連携は形骸化しやすくなります。文化分野と観光分野は、それぞれ異なる統治ロジックに基づいて運営されており、この差異が協働を困難にしていることが周縁地域の比較分析から示されています(Harfst et al., 2024)。

博物館が「実施主体」にとどまってしまう問題

文化観光がうまくいかない地域に共通するもう一つの課題は、博物館が計画策定や戦略立案に十分関与できていない点にあります。多くの場合、文化観光の基本方針や事業計画は行政や観光部局を中心に作成され、その後に博物館が「協力機関」として呼ばれる構図が見られます。この場合、博物館の関与は展示の提供やイベント実施といった実務段階に限定されがちです。

その結果、博物館は文化観光の中で「実施主体」や「コンテンツ提供者」として位置づけられ、専門的な判断や長期的視点が戦略に反映されにくくなります。展示や解説が本来意図していた学術的・教育的文脈と、観光施策として求められる演出や集客目標との間にズレが生じることもあります。これは博物館側の消極性というより、制度上の関与の仕方に起因する問題だと考えられます。

こうした状況では、文化観光は個別事業の寄せ集めとなり、全体としての方向性や一貫性を欠くことになります。現場では工夫が重ねられていても、戦略と実践が噛み合わず、持続的な取り組みにつながりにくくなります。多くの地域において、博物館は文化観光の実施段階には関与しているものの、戦略的意思決定からは外されているケースが多いと報告されています(Harfst et al., 2024)。

博物館側が連携で気をつけるべきポイント

博物館は「公共政策の一部」であるという自覚

文化観光に関わる際、博物館はしばしば「学術機関」や「文化施設」としての立場を強く意識します。しかし、文化観光という枠組みの中では、博物館は学術的専門性を担う機関であると同時に、公共政策の一部として位置づけられる存在でもあります。文化観光は展示や解説の延長として自然発生的に生まれるものではなく、観光政策や地域政策の文脈の中で設計され、実施されるからです。

この点を十分に意識しないまま連携に臨むと、博物館は「文化を守る側」、行政は「人を集める側」という単純な役割分担に陥りやすくなります。その結果、博物館の専門的判断が政策議論の中で十分に共有されず、相互理解が進まないまま事業が進行することになります。博物館側には、学術的・文化的価値を守る立場を堅持しつつも、それを行政が理解しやすい言葉に翻訳して説明する姿勢が求められます。

文化観光は文化遺産管理の延長ではなく、観光政策の一部として理解されるべきであり、博物館もその枠組みの中で位置づけられる必要があります(McKercher & du Cros, 2002)。この認識を共有することが、博物館と行政の建設的な対話の出発点となります。

計画段階から関与する姿勢を明確にする

博物館が文化観光に関わる際に陥りやすいのが、「決まった計画に後から参加する」立場にとどまってしまうことです。多くの地域では、文化観光の基本方針や事業計画が行政主導で作成され、その後に博物館が展示協力やイベント実施の担い手として招かれる構図が見られます。このような後追い参加では、博物館の専門性や長期的視点が計画全体に十分反映されにくくなります。

計画の初期段階から博物館が関与していない場合、文化観光は個別事業の集合体にとどまりやすく、全体としての一貫性や持続性を欠くことになります。博物館側は、単なる実施主体ではなく、文化観光の方向性をともに考える主体であるという立場を、早い段階から明確に示す必要があります。

博物館が計画策定の初期段階から関与していない場合、文化観光は個別事業の集合体にとどまりやすいと指摘されています(Harfst et al., 2024)。この指摘は、博物館が主体的に参画する意義を裏づけるものだと言えるでしょう。

専門性に基づく「できないこと」を共有する

博物館と行政の連携において、博物館側がとくに意識すべきなのが、「できること」だけでなく「できないこと」を適切に共有する姿勢です。連携を円滑に進めたいという思いから、無理な要望に対して沈黙したり、曖昧な対応をとったりすると、結果的に文化の過度な観光化や、博物館の専門性が損なわれる事態を招きかねません。

展示の表現方法や解釈の範囲、保存上の制約など、専門性に基づく判断には越えてはならない境界線があります。これを明確に示すことは、協力を拒む行為ではなく、文化観光を公共的に成立させるための重要な役割です。博物館が専門的見地から発言することで、文化観光の質と信頼性はむしろ高まります。

博物館の専門性が意思決定に十分反映されない場合、文化の過度な商業化や政治的介入が生じやすくなると警告されています(Mendoza & Santana Talavera, 2025)。博物館側が自らの限界と責任を言語化することは、連携を持続可能なものにするための前提条件だと言えるでしょう。

行政側が連携で気をつけるべきポイント

行政は「管理者」ではなく「調整者」である

文化観光を推進するにあたり、行政は長らく「管理者」としての役割を担ってきました。計画を策定し、予算を配分し、関係機関に役割を割り振るという統治のあり方は、行政組織にとって馴染み深いものです。しかし、博物館を含む文化分野との連携において、この支配型のアプローチは必ずしも有効とは言えません。

近年の研究では、博物館や文化遺産機関の運営は、多様な主体が関与するガバナンスの問題として捉えられるようになっています。この文脈では、行政の役割は現場を直接コントロールすることではなく、制度やルール、財政的枠組みを整え、異なる立場や専門性を持つ主体同士をつなぐ「調整者」として機能することにあります。

文化観光においても同様に、行政が細部まで指示を出すのではなく、博物館が専門性を発揮できる環境を整えることが重要です。補助金制度の設計や計画書の構成、評価指標の設定などを通じて、文化的価値と政策目標が両立する余地を確保することが、行政に求められる役割だと言えるでしょう。

近年の博物館ガバナンス研究では、行政は直接的な管理主体ではなく、制度と枠組みを整える調整者として機能すべきだとされています(Mendoza & Santana Talavera, 2025)。行政がこの立場を自覚することで、博物館との連携はより対等で建設的なものになります。

博物館を「文化資源」ではなく「意思決定主体」として扱う

文化観光政策において、博物館はしばしば「活用すべき文化資源」として位置づけられます。展示やコレクション、建築物といった要素は、観光施策にとって魅力的な素材であり、その価値を引き出そうとする発想自体は自然なものです。しかし、博物館を文化資源の供給元としてのみ扱う姿勢には限界があります。

博物館は単なる場所やコンテンツではなく、専門的判断を行う組織です。展示の構成や解釈、保存と活用のバランスには、学術的・倫理的な判断が伴います。これらは外部から一方的に指示できるものではなく、意思決定の過程に博物館自身が主体的に関与してこそ、適切な判断が可能になります。

行政が博物館を意思決定主体として位置づけない場合、文化観光は短期的な集客や演出に偏り、長期的な文化的価値の蓄積につながりにくくなります。逆に、博物館を対等なパートナーとして計画策定や方針決定に組み込むことで、文化観光は地域の文脈に根ざした持続的な取り組みへと発展します。

博物館を単なる文化資源の供給元として扱う政策は、長期的な文化観光の発展につながらないことが示されています(Harfst et al., 2024)。行政が博物館を「判断する主体」として尊重することが、連携の質を大きく左右すると言えるでしょう。

博物館と行政の連携を成功させるための共通原則

価値の違いを「前提条件」として共有する

博物館と行政が文化観光で連携する際、しばしば問題となるのが、両者の価値観の違いです。博物館は文化的・学術的価値や公共性を重視し、資料の保存や解釈の正確性、長期的な社会的意義を判断基準とします。一方、行政は地域振興や観光施策としての効果、説明責任、限られた予算の中での成果といった政策的価値を重視します。

この違いは、どちらかが誤っているという性質のものではありません。むしろ、文化観光が公共政策として成立するためには、両方の価値基準が同時に存在することが不可欠です。問題が生じるのは、この価値の違いが十分に共有されないまま、どちらか一方の論理だけで事業が進められる場合です。その結果、博物館側は文化の軽視を感じ、行政側は成果が見えにくいという不満を抱くことになります。

重要なのは、価値の違いを「解消すべき対立」と捉えるのではなく、「最初から存在する前提条件」として共有することです。文化観光は合意形成の結果として自然に生まれるものではなく、異なる価値観を調整し続けるプロセスそのものだと言えます。文化遺産管理と観光政策は異なる価値基準に基づいており、この違いを前提として調整を行うことが連携の出発点であるとされています(McKercher & du Cros, 2002)。

「連携」をガバナンス設計として明示する

博物館と行政の連携が形骸化してしまう背景には、「連携」や「協力」という言葉が曖昧なまま使われていることがあります。定期的な会議や協議会が設けられていても、誰が最終的な意思決定を行うのか、博物館の専門的判断がどの段階で反映されるのかが明確でなければ、実質的な連携は機能しません。

文化観光を持続的な取り組みとするためには、連携を善意や関係性に委ねるのではなく、ガバナンスとして設計する必要があります。具体的には、博物館と行政の役割分担、意思決定権の所在、責任の範囲をあらかじめ明文化し、計画や制度の中に組み込むことが求められます。これにより、個々の担当者の異動や組織の変化があっても、連携の枠組みを維持しやすくなります。

また、ガバナンス設計は博物館の自律性を弱めるものではありません。むしろ、専門性が尊重される範囲を明確にすることで、博物館は安心して判断を行うことができます。連携を機能させるためには、役割分担や意思決定権を明確にしたガバナンス設計が不可欠であると論じられています(Mendoza & Santana Talavera, 2025)。

まとめ|文化観光は博物館と行政が共同で設計する公共政策である

本記事で見てきたように、文化観光の成否は、どちらが主導するかという主導権の問題ではありません。博物館と行政がそれぞれの立場から役割を果たしつつ、初期段階から対等に関与できているかどうかが、結果を大きく左右します。文化観光は、博物館の広報活動でも、行政の集客施策でもなく、両者が共同で設計する公共政策として捉え直す必要があります。

そのためには、博物館が計画段階から参画し、専門性に基づく判断を示すこと、行政が制度や財政、調整の枠組みを整え、博物館を意思決定主体として位置づけることが欠かせません。また、役割分担や意思決定のあり方を曖昧にせず、ガバナンスとして明示することで、個人や年度に依存しない連携が可能になります。

さらに重要なのは、博物館と行政が「何を目指す文化観光なのか」という共通ビジョンを早い段階で共有することです。価値観の違いを前提としたうえで方向性をすり合わせることで、文化観光は単発事業の集合体ではなく、地域に根ざした持続的な取り組みへと発展します。こうした視点は、博物館経営論においても、行政実務においても、今後ますます重要な基盤となるでしょう。

参考文献

  • McKercher, B., & du Cros, H. (2002). Cultural tourism: The partnership between tourism and cultural heritage management. Routledge.
  • Mendoza, H. M., & Santana Talavera, A. (2025). Governance strategies for the management of museums and heritage institutions. Heritage, 8(4), 127.
  • Harfst, J., et al. (2024). Cultural tourism and governance in peripheral regions. International Journal of Tourism Research.
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この記事を書いた人

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日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

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