「若い世代との接点を増やしたい」「地域との連携を強化したい」「デジタル化を進めたい」。博物館を取り巻く環境が変化するなかで、これまでとは異なる取り組みが必要になる場面はあります。しかし、新しい施策を提案したとき、「人がいない」「予算がない」「今の仕事だけで手いっぱいだ」という声が出ることもあります。
こうした声を、単なる改革への抵抗として片づけるべきではありません。実際に必要な人員や予算が不足している可能性もあるからです。一方で、追加の人員や予算がどの程度必要なのかを判断するためにも、まず確認しておきたいことがあります。現在いる職員は何に時間を使い、予算はどの業務に配分されているのか。つまり、いま持っている経営資源が、どこで、どのように使われているのかということです。
博物館では、さらにもう一つ重要な視点があります。その資源が何のために使われているのかを、使命との関係から確かめることです。資料の保存、調査研究、展示、教育など、それぞれの活動には博物館として果たすべき役割があります。単に負担の大きい仕事を減らせばよいわけではなく、現在の人・予算・時間が何を支えているのかを理解しなければ、何を守り、何を見直すべきかは判断できません。
経営改革で最初に取り組むべきことは、現在の経営資源とその使われ方を把握することです。新しい挑戦を既存業務の上に積み重ねる前に、まず現在の経営を見えるようにします。そこから、使命と戦略に照らして資源の使い方を問い直すことが、博物館の経営改革の出発点となります。
博物館の経営改革とは何か
経営改革というと、新しい事業を始めたり、組織図を変更したり、新しいシステムを導入したりすることが思い浮かびやすいです。しかし、それだけで経営改革が実現したとは限りません。重要なのは、何を変えたかではなく、その変更によって博物館の資源の使い方と日々の仕事が実際に変わったかどうかです。
本記事では、博物館の経営改革とは、使命と戦略に沿って、限られた経営資源の使い方を見直し、組織の実際の行動を変えることであると整理します。博物館の効果的な経営を調査した研究では、明確な方向性や組織内の意思疎通などとともに、資源を戦略的に配分することの重要性が指摘されています(Griffin, Abraham & Crawford, 1999)。
ここで重要になるのが、戦略、資源配分、組織の行動を切り離さないことです。経営戦略研究では、戦略形成を資源配分が繰り返される過程として捉える考え方が示されています(Noda & Bower, 1996)。これは企業を対象とした研究だが、博物館の経営を考えるうえでも重要な視点を与えます。方針として何を重視するかを決めるだけではなく、その方針に応じて人・予算・時間を動かしてこそ、日常の仕事のあり方が変わっていきます。
たとえば、「これからは地域連携を重視する」と方針を掲げても、担当する職員も予算もなく、そのために使える時間も確保されていなければ、現場では従来の仕事が続くことになります。反対に、重点課題に人や予算、時間を振り向け、それに応じて仕事の進め方まで変われば、方針は組織の行動として具体化されます。
したがって、経営改革を単なる資源の再配分と捉えるだけでは十分ではありません。使命と戦略を、資源の使い方の変更を通じて、組織の実際の行動へつなげることが経営改革の核心となります。
最初に、自館が持っている経営資源を把握する
経営改革に取り組むとき、すぐに新しい事業や組織の形を考えるのではなく、まず現在の経営資源がどこに使われているのかを把握する必要があります。本記事では、その出発点として「人・予算・時間」の三つを確認します。この三つは既存研究が示した分類ではなく、博物館が自館の資源の使われ方を確認するための実務的な整理です。博物館経営の研究では、効果的な経営の特徴の一つとして資源の戦略的な配分が指摘されており、資源をどこへ投入しているのかを把握することは、その配分を見直す前提となります(Griffin, Abraham & Crawford, 1999)。
人
最初に確認したいのは、職員数だけではなく、誰が、どのような専門性を持ち、どの仕事を担っているのかです。学芸、保存、教育普及、広報、施設管理、総務などの業務がどのように分担されているかを確認し、特定の職員に仕事や知識が集中していないかも見ます。「何人いるか」だけでは、実際にどの活動へ人的資源が投入されているのかは分かりません。
予算
次に、予算が実際に何へ使われているのかを確認します。費目別の金額を見るだけではなく、どの活動にどれだけの資金が投入されているのか、戦略上の重点分野に必要な予算が確保されているのかを見ることが重要です。また、過去から続く支出が毎年度ほぼ同じ形で計上されている場合には、その配分が現在の使命や戦略にも適しているのかを改めて確認する必要があります。
時間
見落とされやすいのが職員の時間です。予算上は大きく見えない業務でも、会議、資料作成、報告、調整、定型的な手続きなどに多くの勤務時間が使われていれば、それも重要な資源配分です。新しい取り組みに使える時間がないのであれば、まず現在の時間が何に使われているのかを確認しなければ、その原因は見えてきません。
必要に応じて、館内に蓄積された情報や知識、施設・設備、大学や地域団体などとの関係も確認対象に加えられます。ただし、資源を一覧にするだけでは十分ではありません。その人・予算・時間が、資料の保存、調査研究、展示、教育など、博物館のどの使命を支えているのかまで対応させて考えることが重要です。そうすることで、単に負担が大きい仕事と、資源を投入してでも守るべき仕事を区別するための土台ができます。
「資源がない」と判断する前に、まず問うべきなのは、現在ある資源がどこに使われ、何を支えているのかを自館で把握できているかということです。経営資源を見えるようにすることが、その配分を問い直すための出発点となります。
その資源配分は、本当に現在の戦略と一致しているか
現在ある人・予算・時間の使われ方を把握したら、次に確認したいのは、博物館が戦略上重要だと位置づけていることと、実際の資源配分が一致しているかです。計画書に重点方針を掲げることと、その方針を実行できる状態をつくることは同じではありません。
たとえば、経営計画で「地域連携を重点化する」と掲げているとします。しかし、地域との関係づくりを担当する職員が決まっておらず、事業に使える予算もなく、既存業務を抱えた職員が地域連携に取り組むための勤務時間も確保されていなければ、方針だけが追加された状態になりかねません。現場では従来の業務が優先され、地域連携は「時間に余裕があれば取り組む仕事」になってしまいます。
経営戦略研究では、戦略形成を、組織内で繰り返される資源配分の過程から捉える考え方が示されています(Noda & Bower, 1996)。これは企業を対象とした研究であり、その結論を博物館へそのまま適用することはできません。しかし、組織が何を重視するかという方針と、実際にどこへ資源を振り向けるかを結びつけて考える視点は、博物館にも応用できます。博物館を対象とした研究でも、効果的な経営に関わる特徴として資源の戦略的な配分が挙げられています(Griffin, Abraham & Crawford, 1999)。
したがって、戦略と資源配分を比較するときは、「重点事業に予算があるか」だけを見ればよいわけではありません。誰が担当するのか、その仕事にどれだけの時間を使えるのか、必要な予算が確保されているのかを合わせて確認する必要があります。予算を戦略や実績と結びつけて見直す考え方については、博物館の予算管理とは何かで詳しく扱っています。
優先順位は、言葉だけではなく、実際の資源配分に現れます。計画上は重要とされている活動に人・予算・時間が配分されていないのであれば、問題は方針そのものではなく、方針と経営の実態との間にあります。そのずれを明らかにし、使命と戦略に沿って資源の使い方を問い直すことが、経営改革の具体的な対象となります。
何を守り、何を見直すのか
戦略と実際の資源配分のずれが見えてきたら、次に考えるべきなのは、既存の仕事をどう扱うかです。ただし、博物館の経営改革を単純なコスト削減として考えることはできません。効率性は重要だが、博物館には、短期的な成果や収益だけでは価値を測れない活動があります。公的資金で運営される博物館の改革についても、効率性を追求する一方で、博物館本来の役割や公共的価値を損なわないことの重要性が指摘されています(Herguner, 2015)。
そのため、既存業務を見直すときには、まず「この仕事はなぜ必要なのか」を問い直す必要があります。使命の遂行に不可欠なのか。収蔵資料を適切に保存し、将来へ継承するために必要なのでしょうか。専門的・倫理的な責任に関わるのでしょうか。利用者や地域、社会にどのような価値を生んでいるのか。そして、現在の利用者だけでなく、将来世代への責任に関わるのでしょうか。投入する人・予算・時間の大きさだけではなく、こうした観点から維持する意味を確認することが重要です。
そのうえで本記事では、既存業務を見直すための実務的な整理として、「守る・減らす・まとめる・やめる」という四つの選択肢を考えます。この分類は既存研究が提示したものではなく、使命と資源配分を結びつけて考えるための整理です。
守る
使命の遂行、収蔵資料の保存、調査研究、専門的・倫理的責任などの観点から、必要な資源を確保して維持すべき仕事です。負担が大きいという理由だけで削減対象にしません。
減らす
仕事そのものは必要だが、頻度、規模、手順などを見直すことで、投入する人・予算・時間を減らせる仕事です。
まとめる
複数の部署で重複している業務、類似した会議や報告、個別に行っている手続きなどを統合し、必要な機能を残しながら資源の使い方を見直します。
やめる
かつては必要だったとしても、現在の使命や戦略との関係が弱くなり、限られた資源を投入し続ける優先度が低くなった仕事については、終了することも選択肢となります。
経営戦略研究が示す資源配分の視点を博物館へ援用すれば、重要なのは限られた資源をどの活動へ振り向けるかという選択です(Noda & Bower, 1996)。しかし博物館では、その選択に先立って、使命や専門的責任から守るべき活動を見極める必要があります。経営改革は「何を削るか」から始めるのではありません。「何を守るべきか」を確認したうえで、残された資源をどのように使うかを問い直すことから始まります。
既存資源で賄えるのか、それとも追加資源が必要なのか
既存業務について「守る・減らす・まとめる・やめる」を判断したら、次に考えるのは、そこで生まれた人・予算・時間をどこへ振り向けるかです。経営改革の目的は、単に業務量や支出を減らすことではありません。現在の戦略に照らして、より重要な活動へ経営資源を移すことに意味があります。
たとえば、定例会議の回数や参加者を見直して職員の時間を確保できれば、その時間を来館者調査に振り向けることができます。複数の部署で重複していた業務をまとめることで余力が生まれれば、地域との関係づくりを担当する時間に充てられます。従来の支出を見直して予算を確保できれば、デジタル事業など新たに重点化した活動へ配分することも考えられます。このように、既存業務の見直しと新しい取り組みを別々に考えるのではなく、両者を資源配分の変更としてつなげて考えることが重要です。
こうした再配分の考え方は、戦略を資源配分の過程として捉える経営戦略研究(Noda & Bower, 1996)と、博物館の効果的な経営において資源の戦略的配分を重視した研究(Griffin, Abraham & Crawford, 1999)の双方と整合します。ここで重要なのは、既存資源を動かすこと自体ではなく、現在の戦略に照らして、どこへ資源を振り向けるべきかを判断することです。
ただし、既存業務を見直せば、必ず新しい取り組みに必要な資源を生み出せるわけではありません。保存、調査研究、展示、教育など、使命を果たすために維持すべき活動があり、それらに必要な資源を確保したうえで見直しても、なお人員や予算が不足する場合はあり得ます。そこで無理に既存の人員だけで新しい仕事を追加すれば、職員の負担を増やしたり、本来守るべき業務を圧迫したりする可能性があります。
再配分しても必要な資源を確保できないのであれば、何が、どの程度不足しているのかを明確にすることが次の経営課題となります。必要なのが予算なのか、人員なのか、特定分野の専門性なのかによって対応は異なります。追加予算や新規採用を求めるだけでなく、外部人材の活用、他館との業務の共同化、大学・企業・地域団体等との連携によって補える可能性も検討できます。
経営改革は「今ある資源だけで何とかする」という話ではありません。まず現在の資源を整理し、戦略に沿って再配分できる余地を確かめます。そのうえで、それでも足りない資源を具体的に示します。何が本当に不足しているのかを見えるようにすることも、限られた経営資源から新しい挑戦を生み出すための重要な経営判断の一部です。
資源を動かすなら、権限と責任も見直す
重点課題に人・予算・時間を振り向けても、それだけで組織の行動が変わるとは限りません。新しい仕事を誰が担当し、どこまで判断できるのかが曖昧なままでは、案件が生じるたびに上司や他部署へ確認することになり、資源を移しても実際の仕事は進みにくくなります。資源配分を変えるのであれば、それを動かすための権限と責任も合わせて見直す必要があります。
ここで確認したいのは、組織図そのものを変更する必要があるかどうかだけではありません。誰がその仕事を担当するのか、最終的に誰が責任を持つのか、担当者は何を自ら判断できるのか、どの段階で館長や管理職、他部署との調整が必要なのかを明確にすることが重要です。役割・責任・権限の基本的な考え方については、博物館の組織構造とは何かで詳しく扱っています。
特に注意したいのが、特定の職員への依存です。「この事業は○○さんが熱心だから続いている」という状態では、担当者の異動や退職によって活動そのものが止まる可能性があります。また、関係者との経緯や判断の理由が担当者個人の経験の中にしか残っていなければ、別の職員が仕事を引き継ぐことも難しいです。新しい取り組みを始める段階から、必要な情報や手順を共有し、担当者が変わっても継続できる状態をつくる必要があります。
一方で、権限と責任を明確にすることは、経営者が一方的に仕事の進め方を決めることを意味しません。博物館には、収集・保存、調査研究、展示、教育など異なる分野の専門性を持つ職員が働いています。博物館の組織変革を扱った研究でも、専門職を含む組織では、変革の過程における協議や参加の重要性が示されています(Abraham, Griffin & Crawford, 1999)。専門的な判断を尊重しながら、組織として必要な意思決定を行える形を整えることが重要です。
経営改革を一時的な取り組みで終わらせないためには、個人の努力を、組織として継続できる仕事へ変える必要があります。人・予算・時間を動かすことと、それを担う役割・責任・権限を整えることを一体として考えることで、改革は日常の仕事として組織に定着していきます。
改革によって、本当に博物館は良くなったのか
経営改革の成果は、「新しい事業を始めた」「予算を重点分野へ移した」「新しい担当者を配置した」といった実施事実だけでは判断できません。それらは改革を進めるための手段であり、重要なのは、その結果として博物館が使命をよりよく実現できるようになったかということです。
改革後には、まず当初の目的に立ち返る必要があります。使命の実現に近づいたのでしょうか。利用者、地域、社会に提供する価値は高まったのでしょうか。一方で、収蔵資料の保存や継承に対する責任を損なっていないか、必要な専門性が維持・強化されているかも確認しなければなりません。公的資金で運営される博物館の改革については、効率性だけを追求するのではなく、博物館本来の役割と公共的価値を合わせて考える必要性が指摘されています(Herguner, 2015)。効率性は重要だが、それ自体が博物館経営の最終目的ではありません。
さらに、改革によって生じた新しい仕事が、日常の組織運営として定着しているかを見る必要があります。制度や組織の形を変えても、職員の判断や仕事の進め方まで自動的に変わるわけではありません。博物館の職場文化を扱った研究では、制度的な変化とともに、管理構造、内部の意思疎通、職場文化などを捉える必要性が示されています(Jung, 2016)。また、博物館に求められる新しい役割や理念と現場での実践との間には隔たりが生じ得ることも指摘されています(McCall & Gray, 2014)。そのため、改革後の判断や行動が日常業務に定着しているか、職員の負担が持続可能な範囲にあるかを、成果の一部として確認する必要があります。
評価は、改革の成否を判定して終わるためのものではありません。期待した成果が得られなかったのであれば、目的、仕事の進め方、資源配分のどこに問題があったのかを確認し、次の判断へ戻す必要があります。評価を経営判断につなげる考え方については、博物館の評価とは何かで詳しく扱っています。
経営改革は一度実施して完成するものではありません。現在の資源を把握し、使い方を見直し、重点課題へ再配分し、実行した結果を評価し、その結果を次の資源配分へ戻します。「把握→見直し→再配分→実行→評価→再配分」という循環を続けることで、経営改革は使命の実現に向けて組織を継続的に調整する仕組みとなります。
経営改革は「資源がない」で終わらせないことから始まる
博物館で新しい取り組みを進めようとするとき、「人がいない」「予算がない」「時間がない」という制約に直面することはあり得ます。経営改革は、こうした資源不足を職員の工夫や努力だけで乗り越えることを求めるものではありません。また、新しい事業を増やすことや、既存業務を一律に削減することでもありません。
まず必要なのは、現在ある人・予算・時間がどこに使われ、それぞれが博物館のどの使命を支えているのかを見えるようにすることです。そのうえで、戦略上の優先順位と実際の資源配分にずれがないかを確認します。博物館では、何を削るかを考えるより先に、資料の保存や調査研究をはじめ、使命や専門的責任から何を守るべきかを明確にしなければなりません。
守るべきものを確認したうえで、既存業務を減らす、まとめる、やめる余地があれば、そこで生まれた資源を重点課題へ振り向けます。それでも必要な人員、予算、時間や専門性が不足するのであれば、何がどの程度足りないのかを明らかにし、追加資源の確保を経営課題として位置づけます。そして、資源を動かすための権限と責任を整え、その結果を使命に照らして評価します。
博物館の経営改革とは、使命を実現するために、限られた経営資源の使い方を継続的に問い直すことです。現在の資源を把握し、守るものを見極め、必要なところへ資源を動かし、それでも足りないものを明確にします。その繰り返しが、新しい挑戦を組織として可能にしていきます。
参考文献
- Abraham, M., Griffin, D., & Crawford, J. (1999). Organisation change and management decision in museums. Management Decision, 37(10), 736–751.
- Griffin, D., Abraham, M., & Crawford, J. (1999). Effective management of museums in the 1990s. Curator: The Museum Journal, 42(1), 37–53.
- Herguner, B. (2015). Public value as a framework for reforming publicly funded museums. International Journal of Public Sector Management, 28(6), 461–474.
- Jung, Y. (2016). Micro examination of museum workplace culture: How institutional changes influence the culture of a real-world art museum. Museum Management and Curatorship, 31(2), 159–177.
- McCall, V., & Gray, C. (2014). Museums and the ‘new museology’: Theory, practice and organisational change. Museum Management and Curatorship, 29(1), 19–35.
- Noda, T., & Bower, J. L. (1996). Strategy making as iterated processes of resource allocation. Strategic Management Journal, 17(S1), 159–192.

