来館者は、展示室に入る前から博物館を経験しています。Webサイトで開館時間や料金を探し、最寄り駅からの経路を確認し、建物に着いて入口を探す。入館後にはチケット購入を待ち、展示室への行き方に迷い、ロッカーやトイレを探すこともあります。展示を見終えた後で、出口が分からず職員に尋ねる場面もあるでしょう。
一つひとつは小さな不便に見えます。しかし、展示そのものが優れていても、そこへ到達するまでに不必要な負担が繰り返されれば、来館者が展示や資料に向けられる時間と注意は減ってしまいます。反対に、案内や動線が自然に機能していれば、来館者は施設の使い方ではなく、作品や資料、そこで生まれる問いに集中できます。
この問題は、受付職員の接遇だけでは解決できません。Webサイト、サイン、発券、順路、設備、職員の案内、決済システムなど、複数の接点と、その背後の業務がつながって初めて一つのサービスになります。サービスマーケティングは、単に接客を良くしたり、来館者を「顧客」と呼び換えたりする考え方ではありません。博物館が届けたい価値を、来館者が実際に経験できる仕組みとして設計し、改善するための経営視点です。
本記事では、まず来館者の行動と内部業務をService Blueprintで可視化します。次に、Museum Studies JAPANが整理した簡易診断フレーム「Museum Friction Check」を使い、「待つ・迷う・探す・聞く」という行動から摩擦を見つけます。その原因を7Pで整理し、一つ改善して、再び観察するところまでを扱います。
博物館のサービスマーケティングとは何か
サービスには、提供と利用が同じ場面で進み、人やプロセス、利用環境が経験に影響しやすいという特徴があります。こうしたサービスの特性を捉えるため、従来の4PにPeople、Process、Physical Evidenceを加えた枠組みが7Pです(Booms & Bitner, 1981)。これはサービスを「何を提供するか」だけでなく、「誰が、どのような過程で、どのような環境を通じて提供するか」まで考えるための枠組みです。
博物館で来館者が受け取るものも、展示物だけではありません。来館前の情報、予約や発券、職員とのやり取り、館内のサイン、休憩空間、ショップ、退館後に参照する情報までが経験に関わります。博物館へのサービスマーケティングの適用や、来館者経験に関わるサービスの多面的な性格についても研究が重ねられてきました(McLean, 1994; Rentschler & Gilmore, 2002)。ここから重要なのは、博物館の使命を市場の要求に置き換えることではなく、使命に基づく価値が人々へ届く条件を整えることです。
本記事では、博物館におけるサービスマーケティングとは、博物館が届けたい価値を、来館者が実際に経験できるサービス提供の仕組みとして設計・改善することと定義します。対象は、接遇だけでも、集客だけでもありません。来館者が価値に触れるまでのプロセス全体です。マーケティング全体の戦略設計については、関連記事「博物館マーケティングの全体像とは何か」で詳しく扱っています。
表1|博物館のサービスマーケティングを考える7P
| 要素 | 博物館で考える対象 | 確認する問い |
|---|---|---|
| Product | 展示、教育活動、調査研究への接点、施設サービス | 誰にどのような価値を届けるのか |
| Price | 観覧料のほか、時間・移動・心理的な負担 | 利用の負担は価値への到達を妨げていないか |
| Place | 立地、館内動線、オンライン上の利用経路 | 必要な場所や情報へ到達できるか |
| Promotion | 来館前・館内・退館後の情報提供 | 必要な情報が適切な時点で届くか |
| People | 職員、委託スタッフ、ボランティア、来館者 | 役割と対応が体験を支えているか |
| Process | 検索、予約、入館、観覧、退館までの手順 | 手続や動線に不必要な中断がないか |
| Physical Evidence | 建物、サイン、Web画面、料金表、チケット | 利用方法を理解する手がかりがあるか |
7Pはサービスマーケティングそのものではありません。本記事では、サービス提供を構成する要素や、観察された問題の原因仮説を整理するための代表的な枠組みとして用います。
来館者は部署ではなく「一つの体験」として博物館を経験する
初めて企画展を訪れる人の行動をたどると、Web検索、アクセス確認、来館、入館、チケット購入、展示室への移動、観覧、休憩、ショップ、退館という流れになります。館内では広報、受付、学芸、警備、施設管理、清掃、ITなどが別々の担当として動いていても、来館者は部署の境界に沿って経験を分けません。Webサイトで見た案内と現地表示が一致しなければ、それは一つの混乱として経験されます。
個々の接点に大きな問題がなくても、接点の間には断絶が生じます。企画展の日時は分かったが入場方法が分からない。チケットは買えたが展示室への進み方が分からない。展示室を出たが休憩場所へ行けない。このような問題は、ある部署だけを評価しても見つけにくいものです。
ここで必要なのは、来館者の行動を時間の流れに沿って見たうえで、その行動を誰がどのように支えているかを重ねることです。来館者体験は満足度という一つの結果ではなく、来館者が環境や情報、資料、人との関係を通して意味を形成していく過程でもあります。この論点は関連記事「来館者体験とは何か」で詳しく扱っています。本記事では、その体験内容そのものではなく、体験が成立するサービス提供の仕組みに焦点を絞ります。
では、来館者が経験する一連の出来事と、それを支える内部業務を、どのように同時に可視化すればよいのでしょうか。そのための方法がService Blueprintです。
Service Blueprintで来館者体験と内部業務をつなぐ
形のないサービスを設計・管理するには、その構成要素とプロセスを可視化する仕組みが必要です。この発想から、サービスを可視化して設計する方法が提示されました(Shostack, 1982)。その後、Service Blueprintは、顧客経験を起点に動的なサービスプロセスを可視化する実践手法として体系的に説明されています(Bitner, Ostrom, & Morgan, 2008)。
基本となるのは五つの層です。Customer Actionsには、検索する、購入する、移動するといった来館者の行動を時系列に置きます。Frontstageには受付や声かけなど来館者から見える業務、Backstageには料金設定や発券準備など見えない内部業務を置きます。Support Processesには決済、IT、委託管理などの支援業務を、Physical EvidenceにはWeb画面、料金表、サイン、チケット、空間など来館者が接する手がかりを置きます。
表2|Service Blueprintの構造を博物館に置き換える
| 層 | チケット購入の例 | 可視化するもの |
|---|---|---|
| Physical Evidence | 料金表、案内サイン、券売機画面、チケット | 来館者が接する物理的・情報的手がかり |
| Customer Actions | 料金を確認し、券種を選び、購入する | 来館者の行動 |
| Frontstage | 受付職員の案内、券売機の応答 | 来館者から見える業務 |
| Backstage | 料金・券種・発券条件の設定 | 来館者から見えない内部業務 |
| Support Processes | 決済、IT、委託管理、用紙・釣銭補充 | サービスを支える業務 |
たとえば料金表示が分かりにくいとき、受付職員の説明だけを直しても、料金体系や画面設計に原因があれば問題は残ります。Blueprintに並べることで、見えている問題と、見えない原因候補を同じ接点で検討できます。
最初から精密な全館図を作る必要はありません。「初めて企画展を見る来館者」のように一つのJourneyを選び、五つ程度の接点から始めます。想定された手順だけで作らず、担当者への確認や現場観察を通じて、実際のサービスがどう提供されているかを書き込むことが重要です。
Service Blueprintの価値は、来館者が経験する問題を、その背後にある業務や仕組みと結びつけて考えられる点にあります。ただしBlueprintを作っただけでは、どの接点を優先して改善するかは決まりません。そこで次に、各接点で観察できる摩擦に注目します。
Museum Friction Checkでサービスの摩擦を発見する
Museum Friction Check(MFC)とは、来館者が博物館の価値に到達するまでの過程で生じる不必要な負担を、「待つ・迷う・探す・聞く」の四つの行動シグナルから発見する簡易診断フレームです。Museum Studies JAPANが、Service Blueprintを博物館実務で使いやすくするために整理した補助レイヤーであり、既存研究者が提唱した尺度ではありません。
表3|Museum Friction Checkの4項目と判定基準
| 項目 | 定義 | 観察する問い | 0点 | 1点 | 2点 |
|---|---|---|---|---|---|
| 待つ | 進みたいのに不必要な時間的停滞が生じる | 次の価値ある行動へ進めているか | 明確な停滞なし | 短時間で自己解決 | 中断・長時間化・反復 |
| 迷う | 次の行動や進む方向を判断できない | 次に何をするか判断できているか | 明確な迷いなし | 短時間で自己解決 | 停止・引き返し・介入 |
| 探す | 必要な情報や設備の所在を容易に発見できない | 必要なものをすぐ見つけられるか | 明確な探索なし | 短時間で発見 | 長時間探索・反復 |
| 聞く | 利用方法について職員への確認が必要になる | 聞かずに利用行動を完結できるか | 確認不要 | 一時的な確認 | 介入必須・同じ質問の反復 |
「聞く」には注意が必要です。作品について学芸員に質問することや、対話を楽しむことは摩擦ではありません。「トイレはどこですか」「このチケットで入れますか」のように、利用方法を確認するために必要となった質問を対象にします。また、長く滞在すること自体も「待つ」ではありません。作品をじっくり見る時間と、進みたいのに進めない時間を区別します。
各接点について四項目を0から2点で記録し、判断には「10分間に3組が立ち止まった」などの観察事実を添えます。MFCは、学術的に信頼性や妥当性が検証されたサービス品質評価尺度ではありません。合計点で館同士の優劣を比較したり、博物館全体の品質を評価したりするものでもありません。同じJourneyの中で、原因を調べる接点の候補を見つけるために使います。
Critical Flagは得点より優先する
安全性、アクセシビリティ、法令・規則、差別・排除、文化財保護に関わる問題はCritical Flagとして扱います。頻度や点数が低くても後回しにしません。簡易な得点より、守るべき権利や責任が優先されます。
発見した摩擦の原因を7Pで考える
MFCで摩擦を見つけても、すぐに改善策へ飛ぶのは危険です。「出口で迷う」という観察だけから「サインを増やす」と決めても、原因が退出動線の複雑さや、入館時の説明との不一致にあれば、表示が増えてかえって判断しにくくなるかもしれません。まず複数の原因仮説を置き、現場で確かめます。
この段階で7Pを使います。出口で迷う例なら、Physical Evidenceとしてサインの位置、大きさ、コントラスト、言葉を確認できます。Processでは順路や扉の開閉、Peopleでは案内が必要な場面とタイミング、Promotionでは入館前後の情報提供を検討できます。必要に応じてPlace、Price、Productも含め、どの構成要素が観察された行動に関わるかを考えます。
大切なのは、7Pの欄をすべて埋めることではありません。一つの摩擦に複数の原因があり得ることを見落とさず、変更可能な仮説へ分解することです。「来館者が注意を払わない」「職員の説明が足りない」と個人の問題に還元せず、情報を出す場所、順序、表現、業務分担まで遡ります。
- Service Blueprint:サービスの構造を可視化する
- Museum Friction Check:摩擦が現れている接点を発見する
- 7P:原因仮説を整理する
MFCは診断の結論ではなく、原因分析の入口です。改善案は仮説に対応させ、小さく試し、同じ条件で再観察できる形にします。
Service Blueprint × MFC × 7Pで博物館を診断する
ここでは「初めて企画展を訪れる来館者」を一つのケースとして考えます。Journeyは、Webで開館情報を調べる、来館する、チケットを購入する、展示室へ移動する、展示を見る、トイレを利用する、退館する、という流れです。Blueprintには各行動に対応する表側、裏側、支援業務、物的・情報的要素を書きます。
観察すると、企画展示室の出口で来館者が立ち止まり、周囲を見回し、受付方向へ戻る行動が繰り返されていました。利用方法に関する同じ質問も生じています。この接点を「迷う2、聞く1」と記録します。これは問題の原因を示す点数ではなく、調査を優先する手がかりです。
表4|Museum Friction Checkを使ったサービス診断例
| 接点 | 観察された行動 | MFC | 7Pによる原因仮説 | 小さく試す改善 |
|---|---|---|---|---|
| Webの利用案内 | 開館時間は見つかるが企画展の入場方法を探し続ける | 探す1 | Promotion/Process:情報が別ページに分散 | 開館時間と入場方法の導線をまとめる |
| チケット購入 | 券種の前で停止し、受付へ確認する | 迷う1・聞く1 | Physical Evidence:料金表の区分が判断しにくい | 券種名と対象者の表示を対応させる |
| 企画展示室の出口 | 立ち止まり、周囲を見回し、受付方向へ戻る | 迷う2・聞く1 | Physical Evidence/Process:表示位置と退出動線が一致しない | 既存サインの位置と向きを仮変更する |
| トイレへの分岐 | 設備を探し、同じ場所を往復する | 探す2 | Place/Physical Evidence:分岐点に手がかりがない | 分岐前から連続する案内を試す |
| 退館 | 再入場の可否を職員に尋ねる | 聞く1 | Promotion:判断に必要な情報の提示時点が遅い | 入館時と出口前に条件を表示する |
7Pで仮説を分けると、出口ではPhysical Evidenceとして表示の位置、Processとして観覧後の動線、Peopleとして案内のタイミング、Promotionとして入館時の情報提供を検討できます。現場を確認し、主な仮説が表示位置と動線の組み合わせにあるなら、まず既存サインの位置や向きを小さく変更します。
ここで「職員を一人増やす」ことだけを解決策にしない点が重要です。職員による案内が必要な場面はありますが、同じ利用上の質問が繰り返されるなら、なぜ質問しなければ進めない構造なのかを調べる必要があります。職員の親切さは大切でも、恒常的な設計不備を個人の努力で補い続けると、業務負担が残り、担当者や混雑状況によって経験も変わります。
改善後は、同じ曜日・時間帯など、できるだけ条件をそろえて再観察します。立ち止まりや逆行、利用方法に関する質問が減ったかを記録します。減らなければ、最初の原因仮説が十分でなかった可能性があります。別の表示を追加する前に、Processや他のPhysical Evidenceを見直します。
博物館経験については、サービス品質、時間と金銭に関する知覚価値、満足、再訪意向の関係を検討した実証研究があります(Hume, 2011)。ただし、この研究はMFCや特定のサイン改善の効果を証明するものではありません。本記事では、来館者が経験する品質や価値をサービスの問題として検討する背景に限って参照します。
明日からできる15分のMuseum Friction Check
最初から全館のBlueprintを完成させる必要はありません。まず15分、一つの来館者像と短いJourneyに絞って試します。
- 一つの来館者像を選ぶ。初来館者、親子連れ、高齢者など、今回見る対象を一つに絞ります。
- 五つ程度の接点を書き出す。入口、発券、展示室への移動などを時系列に並べます。
- 表側・裏側・支援業務を書く。誰が、どの仕組みでその体験を支えているかを確認します。
- 四つの行動を観察する。「待つ・迷う・探す・聞く」が起きていないか、印象ではなく行動を見ます。
- 0から2点で記録する。改善候補を探すための目印として使います。
- 7Pから原因仮説を考える。すべてを埋めず、観察事実に関わる要素を選びます。
- 一つだけ改善して再び観察する。条件をできるだけそろえ、同じ行動を記録します。
「なんとなく分かりにくそう」ではなく、「10分間に3組が同じ場所で停止した」「30分間に2人が職員へ同じ質問をした」「4組中2組が逆方向へ進んだ」のように事実を記録します。改善前後の差をより体系的に検討したい場合は、関連記事「博物館の評価とは何か」も参照してください。
表5|Museum Friction Check Sheet
| 来館者行動 | 接点 | 待つ | 迷う | 探す | 聞く | 7P原因仮説 | 改善案 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 0–2 | 0–2 | 0–2 | 0–2 | ||||
| 0–2 | 0–2 | 0–2 | 0–2 | ||||
| 0–2 | 0–2 | 0–2 | 0–2 | ||||
| 0–2 | 0–2 | 0–2 | 0–2 | ||||
| 0–2 | 0–2 | 0–2 | 0–2 |
観察対象となった人を識別できる情報は記録せず、館の調査方針や必要な手続に従ってください。Critical Flagに該当する問題は、得点集計を待たずに担当部署へ共有します。小さく始める目的は、問題を小さく扱うことではありません。実際の行動と業務のつながりを確認し、修正と再観察を繰り返せる単位にすることです。
サービス改善とは、来館者の不便を職員の努力で埋めないことである
博物館のサービスマーケティングは、来館者を喜ばせるための付加的な接遇でも、集客だけを目的とする販売技法でもありません。博物館が使命に基づいて届けたい価値を、来館者が実際に経験できる仕組みとして設計し、改善する経営視点です。
そのためには、まず来館者の行動を一続きのJourneyとして捉えます。Service Blueprintで表側の接点と裏側の業務をつなぎ、MFCで「待つ・迷う・探す・聞く」が現れる場所を見つけ、7Pで原因仮説を整理します。そして一つの変更を試し、同じ行動を再び観察します。
MFCの点数は、博物館や職員を評価する成績表ではありません。問い直すべき接点を見つける印です。また、すべての「待つ・迷う・探す・聞く」をゼロにすることが目的でもありません。作品の前で立ち止まること、問いを探すこと、職員との対話を楽しむことは、価値ある博物館体験になり得ます。減らしたいのは、価値へ向かうために必要のない負担です。
良い博物館サービスとは、職員が来館者の不便を努力で埋め続けることではなく、来館者が余計に「待つ・迷う・探す・聞く」ことなく、博物館が届けたい価値へ到達できる仕組みをつくることです。明日、一つの来館者動線を選び、どこで四つの行動が起きているかを観察することから始められます。
参考文献
- Booms, B. H., & Bitner, M. J. (1981). Marketing strategies and organization structures for service firms. In J. H. Donnelly & W. R. George (Eds.), Marketing of Services (pp. 47–51). American Marketing Association.
- Shostack, G. L. (1982). How to design a service. European Journal of Marketing, 16(1), 49–63. https://doi.org/10.1108/EUM0000000004799
- Bitner, M. J., Ostrom, A. L., & Morgan, F. N. (2008). Service blueprinting: A practical technique for service innovation. California Management Review, 50(3), 66–94. https://doi.org/10.2307/41166446
- McLean, F. (1994). Services marketing: The case of museums. The Service Industries Journal, 14(2), 190–203. https://doi.org/10.1080/02642069400000022
- Rentschler, R., & Gilmore, A. (2002). Museums: Discovering services marketing. International Journal of Arts Management, 5(1), 62–73.
- Hume, M. (2011). How do we keep them coming? Examining museum experiences using a services marketing paradigm. Journal of Nonprofit & Public Sector Marketing, 23(1), 71–94. https://doi.org/10.1080/10495142.2011.548759

