アート思考とデザイン思考の違いとは何か― 問題発見と問題解決から読み解く ―

目次

はじめに

アート思考とデザイン思考は、近年しばしば同じ文脈で語られ、あたかも似た思考法であるかのように扱われています。しかし実際には、両者は単なる手法の違いではなく、創造性をどのように捉えるかという理論的前提が大きく異なっています。その違いが十分に説明されないまま用語だけが流通しているため、「何が違うのか分からない」「場面によって混同して使われている」と感じる人も少なくありません。本記事では、アート思考とデザイン思考を流行的・実務的なノウハウとしてではなく、創造性研究およびデザイン研究の蓄積に基づいて整理します。問題発見と問題解決という視点から両者の違いを明確にし、それぞれの思考がどのような前提に立っているのかを理論的に読み解いていきます。

アート思考とデザイン思考の違いを一言で言うと

アート思考とデザイン思考の違いは、創造性を「何を生み出す力として捉えるか」に集約されます。アート思考における創造性とは、与えられた課題に答える能力ではなく、そもそも何を問題として立ち上げるのか、どのような問いを世界に投げかけるのかという点にあります。問題や問いそのものを生成する行為が創造性の中核に置かれているのです。一方、デザイン思考における創造性は、すでに存在する課題状況に対して、より良い解決策を構想し、それを具体的な形として実装していく力として位置づけられます。ここでは有効性や実行可能性が重視され、創造性は問題解決の過程で発揮されるものと理解されます。このように、両者は優劣で比較されるべきものではなく、創造性研究と問題解決研究という異なる研究系譜に基づく思考様式として整理する必要があります(Getzels & Csikszentmihalyi, 1976; Dorst, 2011)。

観点アート思考(Art Thinking)デザイン思考(Design Thinking)
創造性の中心問い(問題)を生み出す力解決策を構想し実装する力
出発点違和感・観察から「何が問題か」を立ち上げる課題状況を前提に「どう解くか」を探索する
成果のイメージ新しい視点・問い・解釈の枠組みプロトタイプ・施策・サービスなどの具体解
評価の軸問いの深まり、視点の転換、解釈の広がり有効性、実装可能性、再現性
理論的系譜問題発見(problem finding)を重視する創造性研究厄介な問題(wicked problems)や反省的実践を含む問題解決研究

「問題」はどのように扱われているのか

デザイン思考における問題の位置づけ

デザイン思考においては、「問題は完全に定義できなくても、解決すべき対象として存在している」という前提が置かれます。現実の社会課題や組織課題は、要因が複雑に絡み合い、最初から明確な形で把握できることはほとんどありません。しかしそれでも、何らかの不具合や改善の必要性が感知されている状況があり、それに応答すること自体がデザイン思考の出発点となります。この考え方を理論的に支えているのが、いわゆる「厄介な問題(wicked problems)」という概念です。厄介な問題とは、定義が固定できず、解決策によって問題の姿そのものが変化してしまう性質をもつ課題を指します。

このような問題に対して、デザイン思考は「まず正確に定義してから解く」という直線的なアプローチをとりません。むしろ、暫定的な理解のもとで行為を起こし、その結果を振り返りながら問題理解を更新していくという循環的な構造を採ります。試作品の作成や具体的な提案といった行為そのものが、問題をより深く理解するための手段として位置づけられているのです。この点で、問題理解と解決策の構想は切り離されておらず、相互に影響し合いながら進行します。

こうした構造は、専門家が行為を通じて自らの前提を問い直し、状況に応じて思考を修正していく「反省的実践」としても説明されています。デザイン思考が「問題解決型」と呼ばれるのは、問題を固定的に与えられたものとして扱うからではなく、あくまで解決に向かう実践の中で問題を捉え直し続けるという姿勢に基づいているためです(Rittel & Webber, 1973; Schön, 1983)。


アート思考における問題の位置づけ

これに対して、アート思考では「問題は最初から存在しているものではない」という前提が強く意識されます。何を問題と感じるのか、どのような違和感に立ち止まるのかといった判断そのものが、創造的行為の中心に置かれます。アート思考において重要なのは、解決すべき課題に答えることよりも、そもそも「何が問われるべきなのか」を立ち上げる過程です。問題は発見されるものではなく、観察や思索を通じて生成されるものとして扱われます。

この考え方は、創造性研究における「問題発見(problem finding)」という概念によって理論化されています。問題発見とは、与えられた条件の中で最適解を探す能力ではなく、どのような条件設定や問いの枠組みが妥当なのかを自ら構成していく能力を指します。優れた創造的実践ほど、制作や探究の初期段階で多くの時間を問題設定に費やし、その問い自体を何度も揺さぶりながら進められることが示されています。

アート思考における問題は、制作や探究の過程で固定されることはなく、むしろ経験や表現を通じて変化し続けます。問いは一度立てられたら終わりではなく、試行の結果によって深められたり、別の形へと転化したりします。このように、問題そのものが生成と変容の対象となる点に、アート思考の特徴があります。問題発見を創造性の中核に据えるこの立場は、アート思考が問題解決型とは異なる思考様式であることを理論的に裏づけています(Getzels & Csikszentmihalyi, 1976)。

「創造性」はどのように定義されているのか

デザイン思考における創造性

デザイン思考における創造性は、芸術的なひらめきや独創性というよりも、特定の状況において有効な解決策を構想し、それを具体的な形として実装していく能力として定義されます。この考え方を理論的に支えてきたのが、デザイン研究における「デザイン認知(designerly ways of knowing)」という概念です。ここでは、デザイナーが問題状況をどのように把握し、どのような思考操作を通じて解へと到達していくのかが分析されてきました。創造性は、既存の知識や制約条件を踏まえつつ、それらを再構成する実践的な知の働きとして位置づけられます。

この枠組みにおいて重要なのは、創造性が必ずしも斬新さそのものを目的としない点です。むしろ、現実の制約下で「機能する解」を導き出すことが重視されます。そのため、創造性は解決策の有効性、実装可能性、さらには同様の状況に応用できる再現性といった評価軸によって判断されやすくなります。試作品やプロトタイプは、単なる途中成果ではなく、創造的思考を検証し、改善していくための中心的な手段として位置づけられます。

このような創造性の定義は、組織やプロジェクトの中で共有しやすいという特徴を持っています。創造的成果が具体的なアウトプットとして可視化され、評価基準も比較的明確であるため、チームでの協働や意思決定のプロセスに組み込みやすいのです。デザイン思考が企業や公共組織の課題解決手法として普及してきた背景には、創造性をこのように操作可能で評価可能なものとして捉える理論的枠組みが存在しているといえます(Cross, 1982; Carlgren et al., 2016)。


アート思考における創造性

一方、アート思考における創造性は、解決策を生み出す能力よりも、問いを深め、物事の見え方そのものを転換する力として定義されます。ここでは、創造性は特定の成果物に直接結びつくものではなく、どのような問題設定や視点の枠組みを構成するかという思考の在り方に強く関わります。何を問題として捉えるのか、どの前提を疑うのかといった判断そのものが、創造的行為の中心に置かれます。

この立場では、問題同定や問題構成が創造プロセスの核となります。制作や探究の初期段階で問いを定め、その問いを試行錯誤の中で何度も揺さぶり、再構成していくことが重視されます。創造性は、最終的な答えを提示することよりも、問いを持続させ、深化させる過程に宿るものとして理解されます。そのため、創造的実践の成果は一義的に評価されることが少なく、解釈の多様性や議論を生み出す力として現れます。

また、アート思考における創造性は、有用性を前提条件としない点に特徴があります。社会的にすぐ役立つかどうかよりも、既存の価値観や認識の枠組みに揺さぶりをかけることが重視されます。問いが時間を超えて持続し、新たな解釈を生み続けること自体が成果とみなされるため、創造性の評価は長期的かつ文脈依存的になります。このような創造性観は、問題発見を重視する創造性研究の知見によって理論的に裏づけられています(Getzels & Csikszentmihalyi, 1976; Reiter-Palmon & Robinson, 2009)。

なぜプロセスや評価基準が異なって見えるのか

アート思考とデザイン思考を比較すると、前者は自由で捉えどころがなく、後者は段階的で分かりやすいプロセスを持っているように見えます。しかしこの違いは、思考の洗練度や厳密さの差ではなく、そもそも何を成果とみなしているかという前提の違いに由来しています。デザイン思考では、創造的思考は組織やプロジェクトの中で共有され、実装へとつなげられることが想定されています。そのため、共通理解を形成しやすいように、プロセスが段階的に整理され、活動の進行が可視化されやすい構造をとります。

一方、アート思考では、問いの生成や視点の転換そのものが目的となるため、思考の進行は必ずしも直線的ではありません。観察や制作、解釈の往復の中で問いが変化し続けるため、あらかじめ決められた順序に沿って進むこと自体が意味を持たない場合もあります。その結果、アート思考は非線形で開放的なプロセスとして理解されやすくなります。ここでは、プロセスの分かりやすさよりも、問いがどのように揺さぶられ、深化していくかが重視されます。

評価基準の違いも、同じ構造から説明できます。デザイン思考では、成果は具体的な解決策や実装されたアウトプットとして現れるため、有効性や実現可能性といった指標によって評価されやすくなります。これに対して、アート思考では成果が必ずしも即時的な解や実用品として現れるとは限らず、問いの持続性や解釈の広がりが重視されます。この「成果の定義」の違いが、両者の評価基準を大きく分けているのです。

両者の違いが誤解されやすいのは、プロセスの形式だけが切り取られ、「整理されているか」「分かりやすいか」といった表面的な比較が行われやすいためです。しかし実際には、プロセスや評価基準は、それぞれの思考が目指す成果に合理的に対応した結果として形成されています。この点を理解することで、アート思考とデザイン思考を混同することなく、それぞれの役割を理論的に位置づけることが可能になります(Carlgren et al., 2016; Dorst, 2011)。

まとめ ― アート思考とデザイン思考は何が違うのか

本記事で整理してきたように、アート思考とデザイン思考は、互いに対立する概念ではありません。両者の違いは、優劣や実用性の差にあるのではなく、創造性をどの段階に位置づけているかという理論的前提の違いにあります。アート思考は、何を問題として立ち上げるのか、どのような問いを設定するのかという「問題発見」の段階に創造性の中核を置きます。一方、デザイン思考は、既に認識された課題状況に対して、どのような解決策を構想し、実装へとつなげるかという「問題解決」の段階に創造性を位置づけています。

このように捉えると、両者は創造性研究における役割分担として理解することができます。アート思考が問いの射程を広げ、前提を揺さぶる役割を担うのに対し、デザイン思考は、その問いに応答する具体的な形を社会の中に実装していく役割を担います。重要なのは、これらを一つの思考法として混同するのではなく、それぞれが想定している成果や文脈を踏まえて理解することです。概念の違いを意識することで、アート思考とデザイン思考は、より適切な場面で用いられ、その本来の力を発揮することになります。

参考文献

  • Carlgren, L., Rauth, I., & Elmquist, M. (2016). Framing design thinking: The concept in idea and enactment. Creativity and Innovation Management, 25(1), 38–57.
  • Cross, N. (1982). Designerly ways of knowing. Design Studies, 3(4), 221–227.
  • Dorst, K. (2011). The core of “design thinking” and its application. Design Studies, 32(6), 521–532.
  • Getzels, J. W., & Csikszentmihalyi, M. (1976). The creative vision: A longitudinal study of problem finding in art. Wiley.
  • Reiter-Palmon, R., & Robinson, E. J. (2009). Problem identification and construction: What do we know, what is the future? Psychology of Aesthetics, Creativity, and the Arts, 3(1), 43–47.
  • Rittel, H. W. J., & Webber, M. M. (1973). Dilemmas in a general theory of planning. Policy Sciences, 4(2), 155–169.
  • Schön, D. A. (1983). The reflective practitioner: How professionals think in action. Basic Books.
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この記事を書いた人

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日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

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