博物館のリーダーシップは「優れた館長の資質」の問題ではない
博物館の使命は明確に掲げられているのに、実際の優先順位が定まらない。学芸、保存、教育、広報、管理など、それぞれの部門は懸命に仕事をしているのに、組織全体として同じ方向を向いているとは言いにくい。館長が方針を示しても、それが現場の日々の判断や行動にまで結びつかない。こうした状態は、館長個人の情熱や知識が不足しているから起こるとは限りません。
博物館のリーダーシップを考えるとき、「どのような資質を持つ館長が優れているのか」という問いだけでは、組織が実際に動く仕組みを捉えきれません。重要なのは、使命を具体的な優先順位へ変え、異なる専門性を共通目標へ結びつけ、誰が何を判断するのかを明確にし、職員が自ら考えて動ける条件を整えることです。リーダーシップは、特定の人物が強く組織を引っ張ることではなく、使命を組織の判断と行動へ変える働きとして捉える必要があります。
現代の博物館は、資料の保存や調査研究といった長期的な責任を担いながら、来館者や地域社会との関係、限られた人員や財源、技術や社会環境の変化にも対応しなければなりません。こうした複数の要求が並存するなかでは、館長がすべての答えを持つことはできません。むしろ、異なる専門性を持つ人々が、博物館の使命に照らしてより良い判断を行えるようにすることが、経営上の重要な課題になります。
そのため、博物館のリーダーシップを考えるうえで問うべきなのは、「優れた館長とはどのような人物か」ではありません。問うべきなのは、館長や管理職は、使命を組織の共通目標へ結びつけ、人と組織を動かすために何を担うべきなのかということです。以下では、使命の翻訳、共通目標の形成、意思決定、職員が動ける条件づくり、価値の示し方、そしてリーダーシップの継承という流れから、その役割を具体的に整理していきます。
博物館におけるリーダーシップとは何か
博物館を安定して運営するには、予算や人員を管理し、業務を計画し、必要な手続きを整え、日々の仕事を確実に遂行する必要があります。しかし、それだけで組織が進むべき方向まで自動的に決まるわけではありません。限られた資源を何に振り向けるのか、複数の課題のうち何を優先するのか、環境が変化したときに何を守り、何を見直すのか。こうした方向づけも、博物館経営には欠かせません。
その意味で、管理とリーダーシップを「現状維持」と「変革」のような対立関係として捉えるのは適切ではありません。安定した運営を支える管理と、使命に照らして組織の方向を定めるリーダーシップは、どちらも必要です。日常業務が適切に管理されなければ使命は実行できず、反対に、何を目指すのかが共有されなければ、個々の業務が適切に遂行されていても組織全体としての優先順位を失う可能性があります。
博物館でこの方向づけが難しい理由は、一つの目的や一つの専門性だけで組織が動いているわけではないことにあります。資料の収集・保存、調査研究、展示、教育などには、それぞれ異なる専門的判断が必要です。さらに、広報、財務、人事、施設管理などの機能がそれを支えています。現在の利用者への対応だけでなく、資料を将来へ継承する長期的な責任もあります。そこには職員だけでなく、設置者、地域社会、利用者、支援者など多様な関係者も関わります。現代の博物館リーダーシップをめぐる議論でも、資金環境、利用者の期待、技術、政治・社会環境などの変化を同時に扱う必要性が指摘されています(Scott, 2025)。
こうした組織では、ある部門にとって合理的な判断が、そのまま博物館全体にとって最適な判断になるとは限りません。保存上は資料への負荷を最小限にしたい一方、展示や教育では資料へのアクセスを広げたい場合があります。新しい事業を始めることに意義があっても、限られた人員や予算を考えれば既存事業との優先順位を決めなければなりません。難しさの核心は「博物館だから特殊」ということではなく、異なる専門性、時間軸、責任、関係者を抱えながら、組織として一つの判断を形成しなければならないことにあります。
したがって、館長が学芸員、保存修復担当者、教育担当者、財務担当者など、すべての職員より各分野に詳しくなることがリーダーシップではありません。専門的判断を尊重しながら、それぞれの仕事が何のために行われるのかを使命と結びつけ、必要な調整と判断が行われる状態をつくることが重要です。博物館のリーダーに求められるのは、専門家より専門的になることではなく、異なる専門性が使命に向かって機能する条件をつくることだと捉えることができます。
使命を「掲げる言葉」から「判断の基準」へ変える
博物館が「地域に貢献する」「文化を守り、未来へ伝える」といった使命を掲げていても、それだけで日々の経営判断が決まるわけではありません。地域への貢献を重視するとしても、新しい展覧会を企画するのか、学校との連携を強化するのか、地域資料の収集に力を入れるのかでは、必要な人員も予算も異なります。資料を未来へ継承するという使命についても、収蔵環境の改善、修復、調査研究、デジタル化など、取り得る選択肢は一つではありません。
ここでリーダーに求められるのが、使命を具体的な選択へ翻訳することです。まず、使命に照らして現在の博物館が何を優先すべきかを定めます。次に、その優先順位を達成すべき目標へ落とし込み、限られた人員、予算、時間をどこへ振り向けるのかを決めます。その結果が、事業を実施するか、設備を更新するか、人員を配置するかといった日常の判断につながります。つまり、使命→優先順位→目標→資源配分→日常の判断というつながりをつくることが必要です。
この過程で難しいのは、何をするかだけを決めればよいわけではないことです。人員も予算も時間も有限である以上、ある活動を優先すれば、別の活動に使える資源は少なくなります。新しい事業に取り組むなら、既存事業を縮小する必要が生じるかもしれません。保存環境の改善を優先すれば、短期的には来館者から見えにくい分野へ資源を配分することもあります。リーダーには、何を優先するかと同時に、何を後回しにし、何をやめ、何には資源を配分しないのかを判断する役割があります。
こうした選択が使命と結びついていなければ、職員から見た経営判断は、その時々の事情や館長個人の好みに左右されているように見えかねません。反対に、優先順位や資源配分の理由が使命から説明できれば、個々の職員も自分の仕事が組織全体の目的とどのようにつながっているのかを理解しやすくなります。共有された使命を職員の仕事と結びつけることは、博物館で働く人々の組織への関わりを考えるうえでも重要な要素です(Dragouni & McCarthy, 2021)。
使命そのものが博物館の内部と社会に対してどのような役割を果たすのかについては、博物館のミッションの意味と役割で詳しく整理しています。リーダーシップの観点から重要なのは、使命を定めることだけで終わらせず、それを実際の選択に使うことです。使命と日々の仕事が切り離されれば、使命は組織を方向づける基準ではなく、掲示されているだけの言葉になってしまいます。
館長や管理職がすべての事業を自ら決める必要はありません。しかし、組織として何を優先するのか、そのためにどこへ資源を振り向けるのかを明確にし、個々の判断が使命へつながる道筋をつくることは、リーダーが担う重要な役割です。使命を持つことと、使命によって経営することは同じではありません。使命を判断に使える状態へ変えることによって、はじめて使命は組織を動かす基準になります。
異なる専門性を共通目標へ結びつける
博物館では、一つの課題に対しても立場によって重視するものが異なります。学芸員は資料の学術的価値や調査研究を重視し、保存修復の担当者は資料への負荷や保存環境を慎重に検討します。教育担当者は学びや参加の機会を考え、広報担当者は情報を社会へどう届けるかを考えます。管理や施設の担当者には、予算、契約、安全性、設備などの観点があります。こうした違いは、組織がまとまっていないことを意味するものではありません。それぞれの専門性が異なる判断基準を持つことは、博物館が多様な役割を果たすために必要です。
問題になるのは、専門性の違いそのものではなく、それぞれの部門や職員が自らの仕事だけを基準に判断し、組織全体として何を目指しているのかが見えなくなることです。個々の部門では合理的な判断であっても、博物館全体の使命や優先順位と結びついていなければ、限られた人員や予算をめぐって目標が競合することがあります。部門ごとの活動が充実していることと、博物館全体が一つの方向へ進んでいることは同じではありません。
博物館の有効な経営を検討した33館・5か国を対象とする研究では、上級管理職がチームとして機能すること、組織の目標が共有・支持されること、各部門の目標が博物館全体の目標と結びついていること、互いの専門的能力を尊重することなどが、組織の結束を構成する要素として示されています(Griffin & Abraham, 2000)。ここで重要なのは、組織の結束を「全員が同じ意見を持つこと」と捉えないことです。異なる専門性を持つ以上、課題の捉え方や優先したい事項が異なるのは当然です。
館長や上級管理職に求められるのは、こうした違いをなくすことではありません。例えば、展示をめぐって学芸、保存、教育、施設の立場が異なるなら、どの部門の意見を一律に優先するかを決めるのではなく、それぞれの専門的判断が博物館全体の目的にどのように関係するのかを明らかにする必要があります。そのためには、経営層自身が部門の代表者として自部門の利益だけを主張するのではなく、博物館全体の目標から課題を捉えることも重要になります。
したがって、組織の方向をそろえることは、対立をなくしたり、職員同士を「仲良く」させたりすることではありません。必要な意見の違いを残しながら、最終的に何を実現しようとしているのかを共有し、各部門の目標と仕事をそこへ結びつけることです。専門職の判断を尊重することと、組織全体として方向を定めることは両立します。
博物館のリーダーシップに必要なのは、専門性を一つに統一することではなく、異なる専門性が共通目標に向かって機能する状態をつくることです。それぞれの専門職が自らの役割を果たしながら、同時に「博物館全体として何を実現しようとしているのか」を理解できる状態をつくることが、館長や管理職の重要な役割になります。
誰が何を決めるのかを明確にする
博物館では、多くの人の意見を聞くことが重要です。しかし、意見を聞くことと、誰が最終的に判断するのかは別の問題です。専門的な検討を重ね、関係者が会議に参加していても、決定権の所在が曖昧であれば、「誰が決めるのか」が分からないまま議論だけが続くことがあります。反対に、館長があらゆる事項を自ら決めればよいわけでもありません。専門職が持つ知識や、組織内で委譲されている権限を無視した意思決定は、適切な経営とはいえません。
まず区別しておきたいのが、博物館を統治することと、日常的に経営・執行することです。誰がどの権限を持つかは、博物館の設置形態や制度によって異なります。理事会などの統治主体が重要な方針や予算を決定する博物館もあれば、自治体、大学、財団などの設置者が重要な権限を持つ場合もあります。そのため、「館長が博物館のすべてを最終決定する」と一般化することはできません。むしろ重要なのは、自館の制度や組織のなかで、設置者や統治主体、館長、管理職、専門職がそれぞれ何を決めるのかを明確にすることです。
博物館の理事会と経営陣の関係を検討した研究でも、統治側と館長側の役割は単純に切り分けられるものではなく、相互に情報や判断を必要とする関係にあることが示されています(Dickenson, 1991)。また、米国博物館界の専門基準では、統治主体が使命、方針、計画、財務などに責任を持つ一方、日常的な運営については館長に適切な権限を委譲し、その範囲を明確にすることが重視されています(American Alliance of Museums)。これは米国の制度をそのまま他国の博物館へ適用するためのものではありませんが、統治上の責任と日常的な経営権限を曖昧にしないという考え方は、組織の意思決定を考えるうえで重要な視点になります。
同じことは、館長と職員の関係にも当てはまります。例えば、資料の保存状態について最も適切な情報を持つのは保存修復の専門職かもしれません。展示内容については担当学芸員の専門的判断が不可欠です。しかし、専門的意見を持つことと、予算や事業全体を含めた最終的な決定権を持つことは同じではありません。逆に、決定権を持つ館長や管理職も、専門的な知識を持つ職員の意見を聞かずに判断してよいわけではありません。必要な情報と専門的意見を集めたうえで、決めるべき立場にある人が判断することが必要です。
職員の参加を重視する場合にも、この区別は重要です。参加とは、すべての事項について全員の合意が成立するまで決定しないことではありません。どの段階で誰の意見を求めるのか、誰が提案するのか、誰が承認するのか、そして最終的な判断に誰が責任を負うのかが明確であれば、参加と責任ある意思決定は両立できます。反対に、この境界が曖昧な組織では、会議を重ねても結論が出ない、判断が上位者へ集中する、現場がどこまで決めてよいか分からない、問題が起きたときに責任の所在が分からないといった状態が生じやすくなります。
誰にどの仕事、権限、責任を置き、どのような報告関係をつくるのかという設計については、博物館の組織構造とは何か|使命と戦略を実行する役割・権限・関係の設計で詳しく扱っています。リーダーシップの観点から重要なのは、権限を持つことを「自由に決められること」と捉えないことです。権限を委ねられるということは、その範囲について必要な情報を集め、判断し、その結果について責任を引き受けることを意味します。
良いリーダーシップとは、すべてを自分で決めることでも、全員の合意を待ち続けることでもありません。誰が何を決めるのかを明確にし、専門的な意見を適切に取り入れながら、決めるべき人が決めることです。館長や管理職には、自らの権限を行使するだけでなく、組織のなかで必要な判断が必要な場所で行われる状態をつくる責任があります。
職員が自ら判断し、動ける状態をつくる
博物館の方針や目標が明確でも、館長や管理職がすべての仕事について細かな指示を出し続けなければ動かない組織では、職員の専門性を十分に生かすことはできません。展示、保存、教育、広報、施設管理などの現場では、その場で得られる情報や専門的知識をもとに判断しなければならない場面が数多くあります。リーダーの役割は、職員に一つひとつ行動を指示することではなく、職員が使命に照らして何をすべきかを考え、自らの役割の範囲で適切に動ける状態をつくることにあります。
そのために必要なのは、単純に職員の「モチベーションを高める」ことではありません。まず、自分の仕事が博物館の使命や組織全体の目標とどのようにつながっているのかを理解できることが重要です。日々の業務が単なる作業として与えられるのではなく、「なぜこの仕事を行うのか」「誰にどのような価値をもたらすのか」が見えることで、職員は個々の判断を組織の目的と結びつけやすくなります。
同時に、自分に何が期待されているのかが分からなければ、職員は動きにくくなります。担当業務だけでなく、どこまで自分で判断してよいのか、どのような場合に上司や他部門へ相談すべきなのか、何について責任を負うのかが理解できる状態が必要です。英国の博物館で働く職員・ボランティアを対象とした調査でも、共有された組織の使命、仕事の意義、意思決定への参加、役割の曖昧さなどが、働く人々の職場経験を考える重要な要素として扱われています(Dragouni & McCarthy, 2021)。
職員が意思決定に参加できることも、こうした環境をつくる一部です。ただし、すべての判断を全員で行うという意味ではありません。現場に専門的な情報があるなら、その情報が必要な判断へ届く仕組みをつくり、業務に直接関わる職員の意見を適切な段階で取り入れることが重要です。第4節で扱った「誰に決定権があるのか」という問題とは別に、ここで問われるのは、職員が必要な情報を提供し、専門的な判断を示し、決定された方向のなかで自ら仕事を進められるかということです。
そのため、権限を委ねることは放任することではありません。館長や管理職には、組織として目指す方向、優先順位、守るべき基準、期待する成果を示す役割があります。そのうえで、専門的な方法や日々の対応まで細かく指定する必要があるのか、それとも担当者の判断に任せるべきなのかを見極めます。方向づけがないまま「自由にやってよい」と伝えるだけでは、職員は何を基準に判断すればよいのか分かりません。反対に、方法まで細かく管理すれば、専門職が知識や経験を生かして判断する余地を狭めることになります。
採用、配置、育成、評価など、人が能力を発揮するための制度的な条件については、博物館の人事マネジメントとは何かで詳しく扱っています。リーダーシップの観点で重要なのは、人事制度そのものを設計することだけではなく、職員が使命とのつながりを理解し、自らの役割を認識し、必要な場面で専門性を使って判断できる環境を日常の経営のなかにつくることです。
リーダーの仕事は、人を逐一動かすことではなく、人が適切に判断して動ける条件をつくることです。方向を示し、役割を明確にし、必要な参加の機会を設け、専門性を発揮する余地を残す。その条件が整ってはじめて、使命は館長の言葉だけではなく、職員一人ひとりの日々の判断と行動へつながっていきます。
リーダー自身が組織の価値を行動で示す
博物館が「資料を未来へ継承する」「地域に開かれた館を目指す」「職員の専門性を尊重する」と掲げていても、その言葉だけで組織の価値が共有されるわけではありません。職員が日々見ているのは、理念として書かれている言葉だけではなく、館長や管理職が実際の場面で何を優先し、どのような判断をしているかです。リーダーが価値を語ることと、実際の判断によって価値を示すことは異なります。
例えば、保存を重要だと説明しながら、保存環境の改善には予算も時間もほとんど配分しないのであれば、職員は「保存より優先されるものがある」と受け取るかもしれません。地域との関係を重視すると掲げながら、事業を決める際に利用者や地域と接する職員の意見を継続的に軽視していれば、掲げた方針と実際の意思決定との間にずれが生じます。予算、人員、時間といった限られた資源を何に配分するかは、経営上の選択であると同時に、組織が何を重視しているのかを示す行動でもあります。
問題が起きたときの対応も同様です。失敗を報告した職員に対して原因を確認する前に責任を追及するのか、それとも必要な責任を明確にしながら、何が起きたのかを検証し、改善につなげるのか。都合の悪い情報を報告した職員の意見にも耳を傾けるのか。こうした対応を職員は見ています。組織が「率直な報告」を求めていても、実際に問題を報告した人が不利益を受けるのであれば、別のメッセージが伝わることになります。
専門性同士が衝突したときには、リーダーの判断がさらに明確に表れます。展示上の効果と資料保存上の要請、教育的な利用と安全管理、事業の充実と財政上の制約など、博物館では複数の価値を同時に満たせない場面があります。そのとき、特定の部門の意見を慣例的に優先するのか、それぞれの専門的根拠を確認し、使命や組織の優先順位に照らして判断するのかによって、職員が受け取るメッセージは変わります。
評価についても、目に見える成果だけがメッセージになるわけではありません。来館者数や事業件数のような結果だけでなく、他部門との調整に時間を使ったこと、問題を早期に共有したこと、専門的な懸念を率直に示したこと、組織全体の目標を考えて行動したことを経営層がどのように扱うかも重要です。何を評価し、何を見過ごし、どのような行動を認めるのかによって、「この組織では何が大切なのか」が具体的に伝わります。
博物館のリーダーについては、組織の将来の方向を示すだけでなく、自らの行動によって適切な行動のあり方を示す役割も論じられています(Griffin, 2003)。これは、館長に理想的な人格を求めるという意味ではありません。重要なのは、経営層が示す方針と、実際の資源配分、意思決定、問題への対応、評価の仕方との間に一貫性があるかということです。
こうした日常的な判断の積み重ねが、組織にどのような価値観や「判断の癖」を形成するのかについては、博物館の組織文化とは何か|Museum Values Frameworkから読み解く価値観と判断のしくみで詳しく扱っています。リーダーシップの観点から重要なのは、価値を説明するだけで終わらせないことです。職員は、理念として何が書かれているかだけではなく、経営層が実際に何を優先し、何を許し、何を評価するかを見ています。リーダーの日常的な判断そのものが、組織の方向を伝えるメッセージになります。
リーダーシップを館長一人に依存させない
博物館のリーダーシップを館長個人の能力として捉えると、「優れた館長を採用すれば組織は良くなる」という発想に陥りやすくなります。しかし、どれほど優れた館長であっても、いつかは交代します。館長や上級管理職が替わるたびに、重要な判断の基準、関係者との調整方法、組織を動かすための知識まで失われるのであれば、リーダーシップが組織に定着しているとはいえません。
必要なのは、館長以外にも使命に照らして判断できる人材を育てることです。中間管理職や次世代のリーダー候補が、決められた業務を正確に処理するだけでは、判断する力は身につきません。複数の部門に関わる課題を調整する、限られた資源のなかで優先順位を考える、職員の意見を聞いたうえで結論を出すなど、実際の経営上の判断を経験する機会が必要です。
そのため、権限委譲には人材育成という側面もあります。館長が「自分で決めた方が早い」と考え、重要な判断をすべて引き受ければ、短期的には効率的に見えるかもしれません。しかし、その状態が続けば、管理職は上位者の判断を待つようになり、自ら情報を集め、選択肢を比較し、判断の結果を引き受ける経験を積みにくくなります。館長への意思決定の集中が、次のリーダーが育つ機会を狭める場合があることにも注意が必要です。
もちろん、権限を委ねるだけでリーダーが育つわけではありません。どの範囲を任せるのかを明確にし、必要な情報へのアクセスを確保し、判断した後には結果を振り返る機会を設ける必要があります。成功したか失敗したかだけではなく、どの情報を使い、何を優先し、どのような理由で判断したのかを検討することで、個々の経験を次の意思決定へつなげることができます。
博物館長の育成をめぐっては、将来の館長候補がどのようなキャリアを経験し、リーダーとして必要な能力を身につけるのかという課題とともに、継承計画の必要性が早くから論じられてきました(Suchy, 2000)。また、博物館と学術図書館の専門職を対象とした研究では、リーダー育成を組織上層部だけの問題とせず、組織内のさまざまな階層で意図的に能力開発を行う必要性が示されています(Johnson & Sobczak, 2021)。リーダーシップを館長という職位だけに結びつけないことが重要です。
後継者育成や継承計画も、単に「次の館長を誰にするか」を決めることではありません。誰かが異動、退職、昇任したときにも、使命に基づいて優先順位を考え、部門間を調整し、必要な判断を行える人材が組織に残っている状態をつくることが重要です。そのためには、次世代の管理職に経験を与えるだけでなく、重要な判断の理由や経緯を共有し、組織として学習できるようにする必要があります。
リーダーシップの成熟とは、優れた館長一人に依存することではありません。館長が交代しても、使命に照らして考え、異なる専門性を調整し、必要な判断を引き受けられる人材と仕組みが組織に残ることです。リーダーシップを特定個人の能力から組織の能力へ変えていくことは、博物館が長期にわたって使命を果たし続けるための重要な条件になります。
博物館のリーダーシップとは、使命を組織の判断と行動へ変えることである
博物館の使命を明確に語ることは重要ですが、それだけでは組織は動きません。使命が実際の経営に力を持つためには、何を優先するのかという判断基準へ変え、それを組織全体の共通目標へ結びつける必要があります。さらに、その目標を実現するために、誰が何を決めるのかを明確にし、職員が自らの役割と責任を理解したうえで、専門性を発揮して行動できる状態をつくらなければなりません。
そこでは、学芸、保存修復、教育、広報、管理、施設などの違いをなくす必要はありません。むしろ、異なる専門性がそれぞれの判断基準を保ちながら、共通の使命に向かって機能することが重要です。そのために館長や管理職が担うのは、すべての判断を引き受けることではなく、組織の方向を示し、必要な権限を配置し、職員が判断できる条件を整えることです。
同時に、経営層自身の判断も組織へのメッセージになります。何に時間や予算を使うのか、誰の意見を聞くのか、問題が起きたときにどう対応するのか、どのような行動を評価するのか。その積み重ねによって、掲げた理念が実際の価値として組織に定着していきます。そして、その判断の仕方を館長一人の能力に依存させず、次の管理職や職員へ広げていくことで、リーダーシップは個人の資質から組織の能力へ変わります。
ここまで扱ってきたのは、博物館を日常的に方向づけるためにリーダーが担う役割です。一方、既存の仕事の進め方や組織そのものを変えなければならない局面では、別の難しさが生じます。その点は、博物館の組織変革をどう進めるか|変化を実行するリーダーシップで詳しく扱います。
館長の仕事は、すべての答えを持つことではありません。異なる専門性を持つ人々が、使命に照らしてより良い判断を行える組織をつくることです。使命を優先順位へ、優先順位を共通目標へ、共通目標を日々の判断と行動へつなげていくことこそ、博物館におけるリーダーシップの中核です。
参考文献
- American Alliance of Museums. Leadership and Organizational Structure Standards. American Alliance of Museums.
- Dickenson, V. (1991). An Inquiry into the Relationship Between Museum Boards and Management. Curator: The Museum Journal, 34(4), 291–303.
- Dragouni, M., & McCarthy, D. (2021). Museums as supportive workplaces: An empirical enquiry in the UK museum workforce. Museum Management and Curatorship, 36(5), 485–503.
- Griffin, D. (2003). Leaders in Museums: Entrepreneurs or Role Models? International Journal of Arts Management, 5(2), 4–14.
- Griffin, D., & Abraham, M. (2000). The Effective Management of Museums: Cohesive Leadership and Visitor-Focused Public Programming. Museum Management and Curatorship, 18(4), 335–368.
- Johnson, J. I., & Sobczak, P. D. (2021). Leadership and Leader Development: Perspectives from Museum and Academic Library Professionals. Curator: The Museum Journal, 64, 269–295.
- Půček, M. J., Ochrana, F., & Plaček, M. (2021). Museum Management: Opportunities and Threats for Successful Museums. Springer.
- Scott, C. A. (2025). Museum Leadership: Where to from Here? In D. Babić (Ed.), International Perspectives on Museum Management (pp. 7–19). Routledge.
- Suchy, S. (2000). Grooming New Millennium Museum Directors. Museum International, 52(2), 59–64.

