博物館の広報や集客を考える際、「良い展示をつくれば、いずれ人は来る」という前提が、今なお根強く残っているように感じられます。しかし実際には、展示の質が高いことと、来館者が足を運ぶかどうかは必ずしも直結していません。とりわけ旅行者にとって、博物館訪問は旅の主目的として事前に計画されているとは限らず、多くの場合、現地での状況や情報によって判断されています。
観光の現場では、天候や移動時間、空いた時間、周辺の観光動線など、その場で生じる条件によって行動が選ばれます。博物館もまた、そうした選択肢の一つとして、他の観光施設や体験と並べて検討されているにすぎません。そのため、「事前に十分な広報を行ったかどうか」だけでは、実際の来館行動を十分に説明することはできません。
では、旅行者はいつ、どこで、どのような情報を手がかりに博物館へ行くかどうかを決めているのでしょうか。本記事では、観光行動や文化観光を対象とした研究をもとに、旅行者の意思決定プロセスを整理します。そのうえで、博物館広報において何を優先的に設計すべきかを、経営論的な視点から考えていきます。
旅行者はいつ博物館に行くと決めるのか
観光行動は「出発前」と「現地」で分かれている
旅行者の行動は、出発前にすべてが決められているわけではありません。観光行動に関する研究では、意思決定は一度きりの選択ではなく、複数の段階を経て進むプロセスとして捉えられています。出発前の段階では、旅行先となる地域や国、おおまかな日程、主要な観光テーマなどが検討されますが、具体的にどの施設を訪れるかまでは決めきられていないケースが少なくありません。
実際の旅行中には、移動のしやすさや滞在時間の余白、天候、同行者の関心など、さまざまな条件がその都度判断材料となります。その結果、当初の計画には含まれていなかった観光スポットが訪問先として選ばれることも珍しくありません。旅行者の情報探索と意思決定は、出発前だけで完結するのではなく、現地滞在中にも継続的に行われることが示されています(Bieger & Laesser, 2004)。
博物館訪問は「現地での再意思決定」で生じやすい
このような観光行動の特徴を踏まえると、博物館訪問は「必ず行くと決めて向かう目的地」というよりも、現地での再意思決定によって選ばれやすい存在だと言えます。多くの旅行者にとって、博物館は旅行の主目的ではなく、時間が空いた場合や天候が悪化した場合、あるいは近くに立ち寄りやすい施設がある場合に検討される選択肢の一つです。
特に、移動距離や所要時間、当日の混雑状況、周辺にある他の観光施設との関係などは、訪問判断に大きな影響を与えます。そのため、出発前の段階でどれほど丁寧に広報を行っていたとしても、現地で必要な情報が得られなければ、実際の来館には結びつきにくくなります。特に個別の観光スポットの訪問判断は、現地で得られる情報や状況に強く左右されることが指摘されています(Bieger & Laesser, 2004)。
旅行者はどこで博物館訪問を決めているのか
文化観光客の多くは「博物館目的」ではない
文化観光という言葉からは、「博物館や美術館を訪れること自体を目的に旅をする人々」というイメージが想起されがちです。しかし、観光研究の知見を見ると、その理解は必ずしも実態を反映していません。多くの旅行者にとって、文化的なアトラクションの訪問は旅の主目的ではなく、旅行中に生じた余白の時間や状況に応じて選ばれる行動であることが指摘されています。
文化的アトラクションの訪問は、必ずしも旅行の主目的として計画されているわけではないことが示されています(McKercher & du Cros, 2003)。この指摘は、博物館が「わざわざ行く場所」としてのみ認識されているわけではないことを意味します。多くの場合、博物館は他の観光地や体験と並ぶ選択肢の一つとして、旅行者の行動計画の中に組み込まれています。
そのため、博物館への来館は、事前に強い動機を持って決定されるというよりも、旅行中の偶発的な判断や副次的な行動として生じることが少なくありません。この点を踏まえると、「文化観光客=博物館来館者」という単純な図式で広報や集客を設計することには限界があると言えるでしょう。
行動導線上にある情報が来館を左右する
博物館が「選択肢の一つ」として検討される存在である以上、旅行者がどのような文脈で情報に触れるかが重要になります。観光行動は、観光案内所や主要駅、宿泊施設周辺、繁華街など、一定の移動動線の中で展開されます。博物館訪問もまた、こうした行動導線上で視認され、想起されることで初めて選択肢として浮上します。
多くの文化施設は、旅行者の移動経路や滞在文脈の中で選択される傾向があると整理されています(McKercher & du Cros, 2003)。つまり、立地そのものだけでなく、周辺の観光地や交通結節点との関係性、情報が配置されている場所が、来館行動に大きく影響します。
具体的には、観光案内所で目にする地図やパンフレット、宿泊施設のロビーに置かれた案内、そしてスマートフォンの地図アプリ上で表示される情報などが、来館判断のきっかけとなります。情報が「そこにあるかどうか」「その場で見えるかどうか」によって、博物館が選ばれる可能性は大きく変わります。博物館広報においては、情報の内容だけでなく、行動導線上のどこに配置されているかを意識することが不可欠です。
旅行者はどの媒体を見て博物館を選んでいるのか
公式サイトよりも検索・地図・レビューが参照される
旅行者が博物館を選ぶ際、最初に参照する情報源は、必ずしも博物館の公式サイトではありません。観光行動に関する研究では、旅行者は限られた時間の中で行動判断を行うため、長文の説明や詳細な理念を読み込むよりも、複数の情報源を横断的に比較しながら意思決定を行う傾向が強いことが指摘されています。
特に現地滞在中は、スマートフォンを通じて検索エンジンや地図アプリ、レビューサイトを利用し、「今いる場所から近いか」「開館しているか」「どのような体験ができそうか」といった点を即座に確認します。写真や評価、距離、混雑状況といった視覚的・定量的な情報は、博物館の魅力を短時間で把握するための重要な判断材料となります。
このような行動特性について、旅行者は公式サイトだけでなく、検索エンジンや地図、レビューといった複数の情報源を統合的に利用して意思決定を行うことが示されています(Xiang & Gretzel, 2010)。つまり、博物館側が公式サイト上でどれほど丁寧な情報発信を行っていたとしても、それが旅行者の意思決定の場面で直接参照されていない可能性があることを前提にする必要があります。
「理解できる情報」より「今使える情報」が重要
旅行者にとって重要なのは、博物館の理念や学術的意義を深く理解することよりも、「今この場所から行けるかどうか」「短時間でも楽しめそうか」「自分の関心に合いそうか」といった、行動に直結する情報です。こうした判断は、展示内容の網羅的な説明よりも、写真や短い説明文、評価といった断片的な情報によって行われます。
観光情報の評価基準は、情報の網羅性よりも、利用しやすさや即時性へと移行しているとされています(Xiang & Gretzel, 2010)。この指摘は、博物館広報においても重要な示唆を与えます。来館前の段階では、すべてを理解してもらう必要はなく、「行ってみよう」と思える最低限の情報が、適切な媒体を通じて提供されているかどうかが問われます。
そのため、博物館広報においては、公式サイトの充実と同時に、検索結果や地図アプリ上でどのように情報が表示されているかを意識することが不可欠です。開館時間や位置情報、写真、簡潔な説明といった要素を整えることは、旅行者の即時的な意思決定を支える基盤となります。デジタル環境における情報設計は、単なる補助的な広報手段ではなく、来館行動そのものを左右する重要な要素として位置づける必要があります。
まとめ
本記事で見てきたように、旅行者の博物館訪問は、出発前に綿密に計画された結果として生じるとは限りません。多くの場合、現地での天候や時間の余裕、周辺環境といった条件の中で、その場の判断として選ばれています。したがって、博物館広報において重要なのは、事前に十分な情報を発信したかどうかではなく、旅行者が現地で意思決定を行う場面に、必要な情報が届いているかどうかです。
来館を左右するのは、行動導線上で目に入る情報や、スマートフォンを通じて即座に確認できる媒体の存在です。公式サイトで理念や学術的意義を丁寧に説明すること自体は重要ですが、それだけでは行動にはつながりにくくなっています。博物館広報には、理解を促す情報よりも、行動を後押しする情報設計が求められています。
観光行動研究が示すこれらの知見は、博物館経営論においても有効な理論的基盤となります。博物館を単独の文化施設として捉えるのではなく、旅行者の行動文脈の中で位置づけ直すことが、これからの広報と集客を考えるうえで欠かせない視点と言えるでしょう。
参考文献
Bieger, T., & Laesser, C. (2004). Information sources for travel decisions: Toward a source process model. Journal of Travel Research, 42(4), 357–371.
McKercher, B., & du Cros, H. (2003). Testing a cultural tourism typology. International Journal of Tourism Research, 5(1), 45–58.
Xiang, Z., & Gretzel, U. (2010). Role of social media in online travel information search. Tourism Management, 31(2), 179–188.

